第10話

「…………」


 まるでもう会えないみたいな様子の春音。でもそんなおかしな風に感じたのは、彼女の背後にオレンジ色に染まったやけに綺麗な部室があったからかもしれない。


 俺も片手を上げ、一言返してから部室を出る。


「ああ。また明日」


 ***


 次の日、俺がいつものように教室へ入ると、何やら面白いことになっていた。


「……だから、なんで無視したのって聞いてんの」

「そんなのしょうがねぇだろ!? そっちこそなんでわざわざツイッターのDMで送ってきたんだよ、普通にラインしてこいよ」

「なんか昨日私、ラインするって気分じゃなかった」


 いつも通り教室後方には、奴らがいる。そこで沢田蓮哉さわだれんや佐藤美奈さとうみなが、ついに本格的な喧嘩をしていた。


 俺は奴らがこちらを意識していると知ってながら、完全に無視して机に座る。


 佐藤、すごい嫌がらせだ……。ラインじゃなくてあえてツイッターやインスタのDMを使うのはもはや一般的になってきているが、突然にそれをやるのは悪質と言える。


 そんなに嫌いなら、別れればいいのに。俺には全く理解できん。


 まぁ、どうでもいいけど。


 二人とも俺が見捨てた人間なので、もう関係なんてない。干渉しない。恋愛ならせいぜい誰か他を当たれ。


 奴らの声なんて聞きたくないので読書でもしようと思ったら、無視はできない、弱々しい声が聞こえてきた。


「ちょっと……、二人とも落ち着いて……」


 西崎智樹にしざきともきである。あの天然イケメンは本当にいい奴だ。


 よし、心の中だけで応援しといてやるか。がんばれー。


 しかし、二人は西崎の言葉に耳を貸さない。


 佐藤の荒っぽい声が聞こえてくる。


「西崎、今は黙ってて。 蓮哉れんや、今後しばらく、話しかけてくんな」

「それはこっちだって……」


 そこまで言いかけて、沢田はやめた。そして彼は即座に、おそらく先程とは違うことを言う。


「……ま、待てよ、なんでそうなるんだよ! ちょっと無視したくらいでそんな怒んなよ!」


 彼は多分、俺の存在を思い出した。俺がいなくても、自分は上手くやれると証明したいはずだから。


 まぁー、頑張ってくれい。


 俺は再び、読書をするために鞄から本を取り出す。


 ***


 昼休みになり、俺は食堂へ来ていた。教室にいなくて済む、貴重な時間である。


 とっくにラーメンは食べ終わっているが、最大限ここにいたいので、俺はゆっくりと紅茶を飲みながら窓の景色を眺めていた。


 しかし、そんな時間はいつまでも続かない。


 予鈴が鳴ったので、俺はため息をついてからトレイに乗った食器を返却して食堂を出る。


 廊下をだらだらと歩いていたら、春音とすれ違った。


「あ……」


 向こうが小さく口を開ける。

 なのでとりあえず、手をあげておく。


「よう」

「…………」


 それに対し春音は、目で挨拶した。

 そして直後、すたすたと去って行ってしまう。


「なんだよ、あいつ……」


 彼女の揺れるポニテを一瞥してから、俺も教室へ向かう。


 ***


 放課後。俺は今、部室の前で直立している。


 よく考えたら、春音は友達関係があまり上手くいっていないと言っていた気がする。だからこそ、俺と来年度同じクラスになりたいとも言っていた。


 そんな状況で、他クラスの男子と仲良くしているところは、あまり見られたくないというか、恥ずかしいだろう。


 もう少し気の使った挨拶をすべきだったな……


 そんなことを思いつつ、俺はそっとドアを開ける。


「失礼しまーす」

「あっ、あー健斗」


 春音は急いでスマホをしまいながら、慌てたように言ってきた。


「今来ちゃ、まずかった?」

「いやいや、別に」

「そっか」


 今まで何をしてたのかはわからんが、様子からするに春音は怒っていないようだ。一安心。


 いつものように、彼女の正面に座る。今日も勉強の時になったら、彼女は昨日のように隣へ来るのだろうか……


 さて、まずは昼のことをそれとなく言っておく。


「なんかごめんな」

「何が?」


 春音はそう、適当に返してくる。


「いや、昼のこと……」

「ああ、そういうこと。あれはこっちこそごめん」


 察したようで、軽く頭を下げてきた。そして顔を上げると、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべていた。


「健斗、ちょっとは優しいとこあんじゃん」

「……ちょっと、か」

「いや、そこ気にする?」

「まぁな……。俺は基本、優しい人間じゃないから」


 正しくは、自分が優しい人間なのかどうかがわからない。陽キャになるために自分を偽ったりしたため、色々と見えなくなってしまった。


 でも多分、俺は優しくない。


「そんなことないよ」


 春音がえらく澄み切った声で言ってきた。


「どうして?」

「う〜ん、なんかそんな気がする」

「……適当だな」

「そう、テキトーよ。…………健斗が優しいことは、私だけが知ってればいいから」


 俺がうんざりすると春音はそれをあっさり認めて、そのあと何かぶつぶつと呟いた。


 そして彼女は俺から目を背けて、鞄から教科書を出す。


「じゃ、今日も勉強をはじ……」

「ちょっと待ってくれ」


 春音がこちらへ来るために立ちあがろうとしたので、それを俺は手で制す。

 これは今後のためにも、二人の間で決めておいた方がいいと思うのだ。


「俺たちだけがわかる、校内で会った時の挨拶を決めておこう」

「私たちだけの、挨拶?」


 少し弾んだ声で聞き返してきた春音は、興味深そうにじっくりとこちらを覗いてきた。



誰かのツイート

『ああああああああー! 私のバカ! 

 好きな人が挨拶してくれたのに

 無視しちゃったーーーーーーーーーーーー!!   

 どうか嫌われてませんように……っ!!         』


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る