第7話
「春音……そうだったのか」
俺が納得したように頷くと、彼女は教科書の裏からひょこっと顔を出した。
顔は真っ赤だ。
「……へ!? ちょっと待って! やっぱ今の無し!」
「今更遅いだろ……もう、正直に本当のこと、言えよ」
「本当のこと……」
そう呟くと、春音はスマホを一瞥した。そして深呼吸すると、意を決したかのように真剣な視線を俺に向ける。
「あの、私……、健斗の……」
そこまで言って、黙ってしまった。耳まで赤くなっている。確かに言いにくいことだろう。特に幼馴染が相手では。
俺は小学校の時から春音を知っている。だから予想がつく。
「……もう分かってるって。あんま周りと上手くやれてなくて、俺しか友達がいないから、来年は同じクラスになりたいってことだろ?」
「い、いや、違うし! 確かに友達に関してはそうだけど、言いたいことは違うというか……本当にやっぱもういいっ! とにかく健斗の勉強は私が教えるの!」
すごい勢いで捲し立ててきた。俺はどこかズレたことを言ってしまったようだ……。
まぁでも、ここまで言われちゃしょうがない。
「わかったわかった。勉強は春音に教えて頂きます」
「……そ、そうよ、それでいーの」
春音は大袈裟に頭を抱えだした。どうしたのかなぁーと思って見ていると、彼女はスマホを取り出して、高速で指を動かす。絶対ツイッターだ……。
「これでよしっ」
顔がまだ朱に染まっている春音が呟いた。打ち込み終わったようだ。
彼女は顔を上げ、平静を装うように、あえてさっきとは全く別の話を始めた。
「そーいえば健斗って、もう正式にこの部の部員なの?」
「いや……、まだだわ」
部活に関して緩い学校だ。もうちょっとこのままでいいかなんて考えていたのだが、春音に言われたこれを機会に、入ることにしよう。
「行ってくるわ」
「うん」
「じゃ」
俺は立ち上がり、部室を出る。
***
文芸部に入るということは、同時に現在入っているテニス部を辞めるということでもある。
顧問に会うために職員室へ向かう。もしかしたら、もう部活の方へ行ってしまっているかもしれないが。
明るい西日に照らされた校内は静寂としており、そこに頻繁に吹奏楽部の演奏が響く。すでに学校に用のない生徒は一通り帰宅したようだ。
テニスコートからは、ラケットとボールの衝突音が聞こえてくる。一昨日までは俺もあそこにいたことを思うと、何だか不思議な気分になった。
しかしそこには全く未練や迷いなどは無い。むしろ今までよく、「陽気キャっぽい」なんてそんな下らない理由で続けられたなと、今までの自分を褒めたいくらいだ。
職員室に着いた。顧問がいるか尋ねてみる。
どうやら不在だった。
また明日出直そうかと思ったその時、ふと副顧問を見つけた。
美人な先生なのだが、かなりキツい性格で、生徒たちからは好意などもってのほか、めちゃくちゃ恐れられている。この人だけは、簡単に辞めさせてくれなさそうだなぁ……
俺がその綺麗で長い黒髪の前まで来ると、先生はオフィスチェアをくるりと回転させて、こちらに身体を向けてくれた。
「戸田君、何の要件?」
相変わらずのそっけない対応に対し、俺はとても言いづらいがなんとか口を開く。
「すいません、部活のことなんですけど……辞めようと思いまして」
「……そう」
それを聞いた及川先生は、顎に手を当て少し考える仕草をした。しかし、すぐに向き直ると、俺に真剣な眼差しを向けてきた。まるで、俺の決意を探るように。
「ちゃんと、よく考えた?」
「はいっ」
俺は自信を持って答える。最初から適当な理由で入った部活だ。陽キャを捨てた俺には、もうあそこにいる理由などない。それに、もっとちゃんと、入りたい部活に出会うことができたのだ。
すると及川先生は、気だるそうに頷いた。
「分かったわ、顧問にそれを伝えとけばいいのね」
「すいません、ありがとうございます」
……やけに親切だな。
「それで……今後どうするつもり?」
突然、先生はなぜか遠慮がちに聞いてきた。あの及川先生にも言いにくいことがあるのだろうか……、なんてことを思いつつ、俺は正直に話す。
「文芸部に、入ろうと思っています」
及川先生はそれを聞くと、一瞬目を丸くした。
「……なぜ、文芸部に?」
「昨日見学に行ったんですけど、なんて言うんですかね、とても落ち着く部活だと思ったんですよ」
俺が当たり障りのない範囲でそのままの心情を打ち明けると、及川先生は珍しく少し嬉しそうな表情を見せる。
「そう……それはちょうど良かったわ」
「え?」
「私は今から、君に文芸部を勧めるつもりでいた」
「なんで先生が?」
俺の問いかけに対し、先生は小馬鹿にするように言った。
「戸田君、文芸部の顧問って誰か知ってる?」
「……いえ、知りません」
「私よ」
「マジですか……」
誰かのツイート
『思い描いてたシチュエーションじゃなかったけど、
告白しようとした。
でも、本当に言いたい二文字まで辿り着かなかった……
しかも相手は変な勘違いをして、私とは友達ってことを
再確認されちゃったし。
なんで押しきれなかったかなぁ……私。 』
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