第6話
そうだ、文芸部に入ることにしたんだからさっさとテニス部辞めに行かなきゃ……
そんなことを考えつつ、教室の前までやって来た。
奴らは後方にいるはずなので、前のドアから入る。
すると案の定、奴らはそこにいた。俺は絶対に目を合わせないようにしながら、教室中央付近の自席に座る。
何やら周りが騒がしい。耳を澄ませば、それは俺の話題だった。もうすでに俺が奴らと絶交したことが、クラス中に知れ渡ったようだ。
もちろん後方からの嫌な視線はばっちり感じるし、これ、居た堪れないとかいうレベルじゃねぇな。公開処刑だ。ギロチンされるレベルで首筋が熱くて痛いわぁ……冗談抜きで、冷えピタが欲しい。
しかもこれは、時間がどうにかしてくれない限り、どうにもならないのだ。人の噂も七十五日なんていう気休めの常套句は今の俺には一切意味をなさない。
そして、嫌でも彼らの声は耳に入って来てしまう。
「いーやほんと戸田、今日どうしたんだよ!」
「具合でも悪いんじゃないの?」
今日の沢田や入野はことさらに大きな声を出している。もちろん、俺に聞こえるようにするためだろう。
誰も頼んでねぇっつーの。むしろお前らの声なんて聞きたくねぇよ。まぁ、それを分かってるから向こうも嫌がらせのつもりで言ってきているんだと思うが。
だが奴らの態度から察するに、もう向こうから声をかけてくることはなさそうだ。
むしろ沢田と入野は、「あいつに頼らずとも彼女との仲を良好に保ってみせる」という意地を感じる。
現に今、入野が上井草と頑張って会話している模様。
「放課後、駅に新しく出来たアイス食べに行かない?」
「え、今日ちょっと無理」
「そう言わずさー、行こうぜ?」
「あ? だから今日は無理なんだって」
「そ、そうっすか……」
入野は、虫の息でそう呟いた。
……全然ダメなようですね。なんでそんなに落ち込んでんだよ。上井草だって用事ある日もあるだろ。
と言っても、俺に「俺だって出来るアピール」をするためだけにやってるんだろうから落ち込むのも仕方ないけどさ。そう、仕方ない。だからもっと落ち込みやがれ。
にしても、そんなんに付き合わされてる上井草、可哀想だな……。
全く、本当に無駄な会話を聞いてしまったものだ。
だが、入野たちのやかましい声も後五分もすれば一旦消える。朝のHRが始まるからだ。でもどうせ、クラス中からの視線は浴び続けなきゃいけないんだよなぁ。
俺は気を紛らわすため、鞄からよっこらせと昨日図書室で借りた小説を取り出した。
これは文芸作品ということもあって、読み慣れていない俺はおそらくなんとなくの内容しか理解できていないのだが、現時点でも面白いということは分かった。
自身の視線を、決して周囲には向けず文字列だけに向けることに集中しながら、少しずつ読み進めていく。
……はぁ、早く放課後にならないかなぁ。あの部室へ行きたい。春音のいる、あの部室へ。
***
やっと放課後になった……。
午前の授業はそのまま居た堪れない思いをしながら過ごし、昼休みは食堂に逃げて、午後の授業はやっぱりまた居た堪れなく過ごした。
一つ良かった点を挙げるとすれば、それは予想通り、奴らが一度も俺に話しかけてこなかったことだろう。と言っても、沢田や入野たちの俺に対する遠回しの煽りのようなものは相変わらずあったが。
そしてこれから恒例行事となるであろう「逃げるように教室を脱出」を行った俺は、ダッシュでもう文芸部室の前まで来ていた。
部屋の電気はもう点いていることから、春音はすでに来ている様。ってか、逆になんでもう来てるの? 早すぎない?
まぁ、そんなことはどうでもいい。
今日という一日を乗り切った達成感と、放課後は奴らと距離を置けるということへの喜びが溢れてくる。
ドアノブを握ると、流行る気持ちを抑えるようにゆっくりと押した。
「こんにち……うわぁっ!」
何かに引っ掛かり、思いっきり床に向かって転んだ。足元を見ると、縄跳びの縄が仕掛けてある。
春音が、わざとらしく知らぬ存ぜぬな様子でそっけなく言った。
「あー、こんちはー。だいじょーぶ?」
「お前のせいだろ……」
「転んだのは、健斗の不注意が原因じゃないっ?」
俺が恨めしい視線を向けると、春音は満足そうな笑みを見せた。これをするために早く来てやがったのか……
そして彼女は、俺が昨日座っていた、自身の手前の席を指差す。
「座りなよ」
「言われなくても」
俺がよっこらしょと座ると、なぜか、春音は教科書を取り出した。
「勉強、教えてあげる」
「なんで!?」
「もうすぐ、期末でしょ?」
「確かにそうだけど……」
一つ、納得できない点がある。
「……どうして俺が、勉強できない前提になってるんだよ」
「なんとなく?」
彼女がゆっくりと首を傾げる。
「俺ってそう言うイメージなのか……」
「まぁね」
「……否定しろよ」
「で、実際どうなの? 五月の中間、何位だった?」
心底愉快そうに、尋ねてくる。そんなに俺が勉強が苦手であってほしいのだろうか。
俺は正直に答える。
「ちょうど平均くらいだった。嘘じゃないぞ」
「別に疑わないって。それにしても平均かぁ……。一応、勉強はしてるんだ……」
「なんでがっかりしてんだよ」
「えー、教えがいがあんまないなぁーって思って……」
机に頬杖をつき、ため息をついて露骨にテンションが下がる春音。そこまで落ち込むことじゃないだろ……。
しかしすぐに彼女は、自分を鼓舞するように何度か頷くと、教科書をパラパラめくり出した。
「……いや、でも私は学年十位よ。よく考えたら十分、教えがいはある」
「十位!? すげぇな……。あと結局、俺は春音に勉強を教えられるのか……」
ただでさえ頭がいい選抜クラスの中で、ちょうど真ん中にいるということだ。そんな人に、幼馴染に勉強を教えてもらえるのはありがたいが……
「でも、どうしてそんなに俺に勉強を教えたいんだ?」
少し気になったので、聞いてみた。
「え!?」
それに対し彼女は、ふと驚いた声を出し、開いた教科書で自身の顔を隠した。だから今、どんな表情をしているのかは分からなくなってしまう。
ただ、弱々しい小声だけが聞こえてきた。
「……来年は、同じクラスになりたいから、みたいな」
誰かのツイート
『部室に罠を仕掛けてみたら、相手がまんまと引っかかったw
予想外に面白かったし、成功して良かった!
本当に成功させたいことは、こんなことじゃないけど…… 』
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『相手って前言ってた片想いしてる人でしょ?
いいなー、正直楽しそ〜。
私なんて今日は、ノリで付き合ってる彼氏に
「アイス食いに行こう」ってしつこく誘われただけだし……
もう別れよっかなぁ笑笑…… 』
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