第2話

 そんな寂しげで居た堪れない場所でラーメンを食っていると、隣に誰か座ってきた。誰もが振り返るほどの整った容姿、無駄にオシャレに整えられた黒髪。


 それは同じくカースト上位グループの友人であり学年一のイケメン、西崎智樹にしざきともきだった。うわぁ……やな奴来たー!


 彼はもう教室で昼食を済ませたらしく、右手には菓子パンとコーヒー缶を持っているだけだった。そして左手からもう一つ何かの缶を出すと、俺に渡してきた。


「これ、やるよ」

「ああ、サンキュな」


 受け取って見ると、それは「味噌汁缶」だった。……ったく、だからコイツ嫌なんだよ! 普通食事してる奴に味噌汁渡さねぇだろ! しかも今俺味噌ラーメン食ってんだからな?


 この西崎にしざきという男は、超イケメンなのに実はとんでもないド天然なのだ。いや、全然悪い奴じゃないんだけどね。


「お前……、なんでこれ選んだ?」

「え!? 嫌だったか……?」

「……別にいいんだけどさ」


 おい、そんな本気で心配げな顔するな。俺もこれ以上何も言えなくなるだろうが。


 そしてまた俺がラーメンを啜りだすと、西崎は虚空を見つめながら話し始めた。


「そういえば昨日、家の近くのマンホールで何か作業が行われててな、作業員の人に言ってちょっと下水道を覗かせてもらったんだ。そしたら……」

「――やめんかっ!」


 俺は西崎に軽くチョップする。コイツやっぱわざと言ってんじゃねぇの? 俺に嫌がらせしたいだけなんじゃないの?


 しかし、西崎はあっけらかんと続ける。


「……まぁとにかく、この話をさっき教室で加奈かなにしたら『死ね』って言われちゃってさ」


 西崎は「こらまいった」っといった感じに自嘲気味な笑みを浮かべた。ちなみに加菜というのは西崎の彼女、宮間加菜みやまかなのことだ。


 コイツは冗談で言われたんだと思ってるようだが、それ多分、割と本気で言われたんだと思いますよ。


 なるほどもう分かった、西崎は俺に宮間への謝り方を教わりに来たんだな。ならこう答えるまでだ。


「なぁ西崎、宮間へは謝らなくていいと思うぞ」

「え?」

「その代わり、もう二度と食事中に汚い話はするんじゃねぇぞ……分かったな?」

「……お、おう」


 過度に圧を込めて俺が言うと、西崎はたじろぎながら頷いた。そして突然、身体ごとこちらに向け、大袈裟に頭を下げてきた。


「本当にいつもありがとな」

「あー、分かった分かった」


 俺が軽くあしらうと、彼は立ち上がり、「じゃあ先に戻ってるわ」と言って去って行った。   


 本当に悪いやつじゃないんだけどなぁ……


 ここでふと、テーブルに座っていた幼馴染みが顔を伏せて肩を揺らしているのが見えた。あー、面白かっただろ、俺と西崎のクソ漫才。


 ……さて、もう分かって頂けただろう。カースト上位グループのリア充共の実態が。


 高校生といえばすぐに「甘酸っぱい恋愛」などというワードが連想されがちだが、主にそれに熱中というか、執着しているのは男子の方なのだ。女子はそこまでノリ気ではない。それはカースト上位グループでも同じこと。


 最初に西崎に宮間に告るのを手伝わされ、それが上手くいったのが始まりだった。


 その次には沢田に佐藤に告るのを、そして入野に上井草に告るのを手伝わされた。


 俺は完全に、「恋愛マスター」ならぬ「恋愛ヘルパー」になってしまっているのだ。


 暇つぶし程度にしか思っていないかもしれない女子に、異常なまでにガチになる男子たち。そいつらの手助けをする毎日である。なんでこうなっちゃったかなぁ……。


 かといって、断るわけにもいかない。俺はせっかくカースト上位グループに入れているのだ。 


 ここまできて、中学の時のような隠キャぼっちに戻るわけにはいかない。


 ……そう言えば、明日は七夕か。嫌な予感しかしないなぁ。


 ***


 七月七日、今日は七夕である。


 本来七夕は、ハロウィンやクリスマスのように高校生が盛り上がるようなイベントではないのだが、うちの学校は違う。


 校門前に置かれるのだ、いわゆる「七夕笹」が。


 なんで置いちゃうかなーそうゆうものを。そのせいで困る人がいるの分からない? 具体的には俺とか俺とか俺とか。まぁもう今更いいですけどね?


 朝のHRが終わったのでトイレに行くため教室を出ると、後ろから俺以外の足音がついてきていた。


 なんかデジャブ……と思って後ろを向けば、やはり入野皓太いりのこうただった。君、昨日は食堂行くときについてきてたよね……、これがベストタイミングとでも思ってるのか?


 俺はトイレへ向かいながら話を聞いてやることにした。


「どうした?」

「まなかと短冊にいい感じのこと書きたいんだけど、どうしたらいいかな?」


 入野は学校から配られた短冊を片手に聞いてきた。……もーなんなの? 「いい感じのこと」って。


「それはあれか、お揃いの願いごとにしたいのか?」

「ああ」

「ならそれはやめとけ」

「え?」


 急に怪訝そうな表情を見せる入野に、俺は呆れ笑いがこぼれ出る。


「いくらカップルでも、同じこと願うとかそれはしんどいと思うぞ」

「そうか……」

「だから短冊にはそれぞれの願いを書いて、七夕笹に隣同士にして掛けとけばいい」

「……なるほど、助かった戸田!」


 そう言うと入野は、もうトイレの前まできているにも関わらず、くるりと踵を返して軽やかに教室へ戻って行った。はぁ、いろんな意味で頭おかしいだろあいつ……。


 ***


 昼休みももうあと十分、俺たち七人は七夕笹の前へきていた。他にも各学年、各クラスのウェイ勢が集まって、ウェイウェイしている。


 約二メートル半ある大型の七夕笹が七つ程並んでおり、これなら全校生徒の大半が掛けることができるだろう。すでにそのうちの二本は、もう笹なのかどうなのか分からない程に短冊が掛かっている。


 それにしても、今日は朝から散々だった。


 入野に始まり、次は沢田に「星を見るだけの七夕デート」に佐藤を誘う方法を聞かれ、その後西崎に「作ってきた七夕ゼリー」の宮間への渡し方を聞かれた。


 七夕デートだ? それ、楽しいの? ってか西崎、あのド天然のことだからまさかゼリーに変なもの入れてないよな……などと色々考え、そして無事対処し、現在に至る。


 改めて、七夕笹に掛かった短冊を見てみると、「国立大受かりますように」「彼女できますように」「インハイに出場できますように!」などと様々なことが書かれていた。


 そしてふと、一つの短冊が目に留まった。


 それは、「ずっとぼっちの文芸部に誰か来ますように」と言うもの。薄紫の短冊に、女子女子した丸文字で書かれていた。



誰かのツイート

『なんか学校で短冊渡されたから、

 新入部員が来るようにって書いてみた。

 織姫と彦星、ぼっちの願いも聞いてくれるかな……?  』


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る