第3話 

 そっか、今文芸部って一人なのか……そりゃ寂しいわな。


「おーい戸田、何見てんだ?」


 後ろから沢田の声がした。振り向くと、もう六人とも短冊を掛け終わったようだった。


「いや、なんでもねーよ」

「本当か〜?」


 何故か沢田が嘲笑するように食いついてきた。俺は訝しげな視線を返す。


「何が言いたいんだ?」

「いやー戸田、気になる人の短冊でも見つけたのかなーと思ってっ」

「ちげーよ、ほら、教室戻ろうぜ」


 苦笑いしながら、会話を終わらせようとした。しかし、沢田はまだ会話をやめる気がないらしく、愉快に続ける。


「お前だっているだろ? 好きな奴の一人や二人くらい」

「だいたいな……」


 くだらないノリなので、お道化を言って返そうとすると、それを遮るように今度は入野が口を開いた。


「ほら、正直に言いなよ。いるんでしょ、気になる奴」


 なんだ、随分と楽しそうだなこの二人。さては七夕を彼女と過ごせるって理由だけでいい気になってやがるな。……誰のお陰でそうなってると思ってんだよ! 


 だがまぁ、浮かれる気持ちも分からんではないので多めに見てやることにする。


「はいはいいますよ気になる人。それでいいか?」

「え、いるの? 誰? 誰?」


 しかし、入野はさらに調子に乗って煽ってきた。沢田も相変わらず楽しそうな顔をしてやがる。それに対し女子たちはつまんなそうにスマホを弄り、西崎だけがそわそわと不安げに「おいやめろよ……」と言っている。


 そしてそれが次の瞬間、一変した。


「戸田だけ非リアだもんな、お前も誰かに告れよ」


 そう沢田がほざいた瞬間、佐藤と宮間の女子二人も参戦してきた。


「確かに、戸田だけだね」

「一人だけ非リア……ウケる」


 沢田は言ってはならないことを言ったのだ。


 確かにその言葉は俺たち七人全員が思っていたことだ。だが今ままでは皆、俺がどれだけ努力しているのかを分かっていたから言わないようにしていたのだろう。


 しかし一人が言うと、その言葉は「言ってもいい言葉」に変化する。


 男二人と女二人は次々に、嘲笑うように口を開いた。


「彼女いるといいぞ〜」

「毎日楽しいし!」

「彼女作る気ないの?」

「戸田……可哀想」


 その四人の、俺を侮辱するような目を見た瞬間……、俺の中で何かが吹っ切れた。



 ――あれほど頼まれた通りに手助けして、その俺の努力の結果今があるというのに、こいつらはまるで分かっちゃいないのか。



 あーもういいや。なんか色々どうでもよくなってきた。


 よし、決めた。


 少しは多めに見てやろうと思ったが男二人はもう見捨て決定としよう。


 女二人は確かに男共の恋愛ごっこに付き合わされてた感はあるが、それでも付き合っていたのは満更でもなかったからだろう。嫌だったら別れればいいだけの話だ。


 それに、当然この女二人も俺が男たちの手伝いをしていたのは知っているはずなのだ。だって、同じく女子の上井草は全部気づいていたのだから。


 よって、見捨て決定。


 その上井草はと言うと現在、何も言わずただスカートの裾をぎゅっと握って女二人を睨んでいる。まるで、何か言いたくてもそれを言うことができず悔しんでいるように見えた。


 もしかしたら上井草って、いい奴だったのかもしれないな。


 先程男二人を止めようとしてくれていた西崎は、頭を抱えてキョロキョロしてしまっている。ド天然の彼の頭ではこの状況を打破する方法を思いつかなかったようだ。


 お前ら二人とは本当はこれからも仲良くしたい。


 だけど、それは無理そうだ。


 俺は怒りを最大限抑え、むしろ清々しいくらいあっさりと、一言吐き捨ててこの場を去ることにした。


「……そうか。もういい、勝手にしろ」


 言うとその直後、場が静まり返った。もしかしたら、俺は顔にも語気に怒りを隠しきれていなかったのかもしれない。


 すると女二人は開き直るように呟いた。


「なにマジになってんの……」

「……キモ」


 それに対して男二人はマズイと思ったのか、急に申し訳なさそうな顔をしだした。


「ごめんて……」

「悪かったよっ」


 でも俺は分かっている。こいつらがマズイと思ったのは友人に恩知らずなことを言ってしまったことではなく、今後自分たちの恋愛を手伝ってもらえなくなったことについてだ。


 だから俺は決めていた通り、何も返さず、この四人を尻目に一人校舎へと歩き出す。上井草と西崎に対しては後ろ髪を引かれる思いだったが、完璧な解決方法などあるはずがなんだ、そう自分に言い聞かせた。


 俺は入学からの三ヶ月間努力に努力を重ねて手に入れた「カースト上位」という階級、いや、人からの評価をたった今、捨てた。


 でも悔いはない。


 中学の時は隠キャぼっちということで強い劣等感を感じ、カースト上位に憧れていたが、今はぼっちの方が気楽で楽しそうに感じる。


 まさに隣の芝生は青いとはこのことだ。


 そうだ、文芸部に行くのはどうだろうか。そして放課後は、誰だか知らんが一人で寂しんでいるその人と仲良く穏やかに過ごしてやるのだ。


 俺は分かった。


 俺が本当に欲しいのは、人からの評価なんかじゃない。俺はただ、平穏に過ごせる場所が欲しいんだ。


 もし今後、四人が何を相談してきても、頼んできても、俺は絶対に応じない。


 その理由はせいぜい自分らで考えるといい。


 そして、俺がいないと破局が免れないことに気づき、苦しみ、もがき尽くせ。


 ――ざまあみろ。


 ***

 

 ……五、六時間目は本当に地獄だった。


 あいつらと絶交はしたものの、クラスが一緒なことに変わりはないわけで、ずっと六人からの嫌な視線を感じながら過ごしていた。


 今後俺は教室後方の奴らのところへは行かずに自分の席に座ってぼっちしてようと思っているので、十分休みも、昼休みも、授業中もずっとこんな居た堪れない思いをしなきゃならないんだろう。


 ぼっちになる代償というやつだろうか……あれ、ぼっちになるのに代償がいるとかおかしくね!?


 帰りのHRが終わると、俺は逃げるように教室を出た。


 普段は所属しているテニス部が始まるまで、奴らと固まってどうでもいい話をかましていたのだが、もう今後そんなことは二度と無いだろう。


 その後俺は図書室に行き、適当に文芸作品っぽいものを借りた。なぜなら今俺が向かっているのはテニスコートではなく、文芸部室だからだ。



誰かのツイート

『暇だな〜。

 全国の部員一人の人っていつも何やって

 過ごしてるんだろ?                』

 

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