秘密のやまびこ君

@wzlwhjix444

第1話

 県内屈指の不良が集まる,阪昏はんぐれ高校。中学時代、市中三凶と謳われた花咲龍騎は入学と同時に一年生にして三年の総番をぶち倒し阪昏の覇権を一気に手中に収めた。


 運悪く龍騎と同じクラスになった陰キャを地で行く山田正彦、通称は、龍騎たち不良グループの格好のいじめの餌食となった。

 学校の先生達は、保身に走り、いじめを完全に黙認し、それに追随するかの如く、他の生徒も自分達に矛先が向くのを恐れ見て見ぬふりをするのが当たり前の世界だった。 

  

 龍騎のやまびこに対するいじめは入学当時から既にエスカレートし、女教師の授業ではフルチンにさせ、問題を当てられた時に立ち上がり、女教師の反応を楽しんだり、昼休みには、塩辛のおすそ分けと、ナメクジを弁当に入れられたり、痛さを克服できるロシアの格闘技システマの会得だと称し、殴る蹴るの人間サンドバック状態が毎日のように繰り返されていた。


 それでも、やまびこは一日たりとも学校を休むことなく毎日辛抱強く登校していた。さすがに他の生徒たちも同情のまなざしで見るようになっていたが、何故かやまびこは、それらのいじめを全く苦にしているようには見えなかった。


 とある日の昼休み、龍騎は他の不良仲間と、クラスでやまびこの次に陰キャな女子、長い黒髪はリングを連想させ、ほとんど口をきかないコミュ症の毒島貞子を外に連れ出して行った。

貞子は、その垂れ下がった長い黒髪の間から、度々、龍騎を睨んでいたのが、ターゲットにされた原因と思われた。

 連れ去られた貞子を目撃したやまびこは、不思議に思い後を付けると、体育館の裏で、貞子が大量のダンゴムシをおやつのひよこ豆だと強引に食べさせられそうになっていた。

それを陰で見ていた見たやまびこは、顔を赤らめ、握りしめた拳を震わせながら、

「やめろ!」

 と大きな声で叫んだ。

 その声に龍騎をはじめとする、他の不良仲間も一斉に反応した。

「なんだてめぇ。何でお前がここにいるんだよ」

 龍騎が鬼のような顔でやまびこを睨みつける。その目つきにやまびこは、ゾクゾクと体を震わせ、顔を赤らめ下腹部をもじもじさせた。

「ず、ずるいよ……」

 やまびこは、蚊の鳴くような小さな声で呟いた。

「なんだ? 何がずるいんだ?」

 龍騎は更に威圧をかける。

「何で毒島さん…… 何で今日は毒島さんなんだ」

「毎日、おめぇだともう飽きたんだよ。どんなにいじめても、へらへらしてよ、もうてめぇははっきり言っていじめがいがねぇんだよ」

 龍騎の言葉にやまびこの顔が見る見る青ざめ、プルプルと体を震わせ、

「もう、僕は用済みということなの?」

「ああ、そういうことだ。目障りだからさっさとどっか行け!」

 その言葉を聞いたやまびこは、急に目つきが変わり、

「さんざんぱら僕をいじめておいて、飽きたらそれで終わりって、そんなの許せない」

「はぁ? お前何言っちゃってんの? 頭おかしくなったのか?」

 龍騎が、手下の不良に促すと、手下の不良Aが、やまびこに向かって、

「龍騎君が、言ってんだ。さっさと消えろ」

 と渾身のパンチをやまびこの顔面に繰り出した。

 その瞬間、やまびこは不良Aのパンチに頭突きを合わせると、ゴキッと鈍い音がし、不良Aの手首が変な方向に曲がった。

 不良Aは「痛ぇぇ」と叫びその場にうずくまる。それを見た龍騎は、

「おいおい、あいつは殴られ強くなってるんだから気を付けろよな」

 と仲間をフォローしつつ、

「お前、俺の仲間怪我させて、ただで済むと思ってないだろうな」

 とやまびこの胸ぐらを掴む。

「す、すいません。僕は何もしてません」

「でも、こいつ見て見ろよ、すげえ痛がってんじゃねえか。倍返しじゃ済まねえぞ」

 やまびこは龍騎のその言葉に心躍る気分になった。

「あの、わたしは……」と貞子が口を挟んだ。

「おめぇ今日はいいや。戻っていいぞクソブス」

「え? でも、でも……」

 と貞子が泣きそうな顔になる。するともう一人の不良Bが、

「龍騎君が勘弁してやるって言ってるんだ。すっこんでろブス」

 と貞子の腹にけりをぶち込もうとすると、貞子はタイミングよく膝を出し、不良Bの足首にあたると、ゴキッと鈍い音を立てへんな方向に曲がった。


 それを見たやまびこの目が一瞬鋭くなった。貞子は、やまびこの視線を察知しその場にへたり込み、「うぇ~ん」と大声を出し泣き出した。

「全く、どいつもこいつもなにやってんだよ、クソが」

 と龍騎が呆れていると、そこにクラスメートの一人が、血相を変えて走って来た。


「校門で、龍騎君を連れて来いって、邪推高じゃすいこうの段田という人が呼んでるだけど、一応、伝言はちゃんと伝えたからね」

 と言って、逃げるように去って行った。

「段田? ほぅ~ あの野郎の耳にも俺が阪昏はんぐれを獲った情報が入ったのか」

 と龍騎が指をポキポキと鳴らした。手下の不良Cが、

「龍騎君、段田って、龍騎君とタメ戦張った、市中三凶の一人でしょ」

「タメ戦? てめぇ誰にもの言ってんだ? あ?」

「すいません。ただの噂で、もちろん龍騎君が最強なのは分かってます」

 とおどおどしながら頭を下げた。

「そう言えば、段田って、やまびこと、おな中(同じ中学)だったな、同窓会代わりにてめえも参加しろや」

 と龍騎が、やまびこの耳を掴み引きずるように歩き出した。


             ***


 正門前で、十数人の仲間を背に、段田が仁王立ちしている。そこに、龍騎とその不良仲間とやまびこがやって来た。

「龍騎ぃ~ お前、速攻、阪昏はんぐれ獲ったそうじゃねえか」

 段田が不敵な笑みを浮かべた。

「てめぇこそ、邪高を入学式で制圧したって聞いたぜ」

「あんな、クソ高、俺にはどうでもいいんだ。それよりもよ、三凶とかって肩並べてるような肩書が気に入らなくてよ、白黒はっきりさせに来たんだよ」

 と段田が、龍騎にスマホを放り投げた。

「なんだこれは?」

 龍騎がスマホを拾うと、

「面白れぇ動画取ったから見せてやるよ」

 と段田がニヤニヤしながら顎を突き出す。

 スマホは既に、再生画面を映し出していた。龍騎が、動画を再生すると、三凶と言われていた一人、不知火中学の土門丈が、段田にフルボッコにされている動画であった。

「後はお前だけだ龍騎」

 段田が龍騎に拳を突きつける。

「は? お前馬鹿か? 土門なんて、親がヤー公だから、いきってただけで、はなから眼中にねぇんだよ」

「そうだな、それは俺も同意見だ。正直、野郎は、マジでクソだったわ、だからこそよ、ここで真の一凶をきめようじゃねえか、え?」

「ああ、望む所だけどよ、最近、俺が鍛え上げてる弟子がいてよ、まずはそいつをぶちのめしたら、遊んでやってもいいぞ」

 とやまびこの耳を引っ張り、段田の前に差し出した。

「お前とおな中なんだろ? 久しぶりのご対面と言うやつだ」

 と龍騎がやまびこの肩を叩くと、

「段田君、久しぶり」

 とやまびこは恥ずかしそうに一礼をした。

 やまびこと相対した段田は、突如顔が引きつり小刻みに足が震え出した。

「や、びこ…… さん……」と顔が見る見る青ざめて行った。

 やまびこは、そんな段田の態度を目に、人差し指を唇に当て首を横に振った。

 すると、段田はおどおどしながら、

「龍騎、てめえふざけるなよ、か、か、仮にもおな中だった奴をやれる分けねぇだろ。く、く、空気読めや。今日はやる気なくした。また改めて来る」

 そう言いながら、顔をこわばらせ徐々に後ずさって行く。

「おい、てめえから喧嘩売りに来て逃げるのかよ」

 と、龍騎が後を追おうとするも、段田が立ち止まり、まるで地獄を見るような目つきで、

「龍騎よ、残念だったな。精々、楽しい学園生活送ってくれや。生きてたらまた会おうぜ」

 と、仲間を引きつれ、一目散に走りだし、逃げて行った。

「おいおい、一体どういう意味だ!」

 と、龍騎が大声で叫ぶも、段田は既に、遠くに消えて行った。

「ちぃ、分けわかんねえ野郎だ。興ざめしたぜ。やまびこぶん殴って、もやもやでも解消するか」

 とやまびこの首根っこを掴み、ふて腐りながら教室へと戻って行った。

 龍騎に首根っこを掴まれ、ほくそ笑むやまびこの姿を、校舎の陰から貞子が訝し気に見つめていた。


            ***


 職員室の前で、貞子が担任の先生と向かい合っていた。

「先生、うちのクラスで公然といじめが行われているのご存知ですか?」

「いじめ? そんな内容の相談は、私が赴任して来てから一度も聞いたことがないぞ」

 と、担任が白々しく目を横に向けると、

「私、毎日見てます。龍騎君が、山田君のこと、いじめているのを」

 と、貞子は、垂れ下がった、長い黒髪の隙間から鋭い眼光を向けた。

「そうはいっても、本人からの相談もないし、事実を確認出来る証拠でもなければ、なんとも出来んな」

 と、肩をすくめると、貞子が急に立ち上がり、

「証拠ならあります! 私、秘かに動画を取ってたんです。それを見れば絶対に分かってくれると思います」

 と、ポケットからスマホを取り出し、担任に見せようとすると、

「でたらめなこと言わないで欲しいな」

 と背後から突然やまびこが姿を現す。

 貞子が、チィッと舌打ちをした。

 「先生、ご心配には及びません。僕、龍騎君にはいじめられるどころか、毎日楽しくやってますんで、その証拠に、入学してから皆勤賞ですよ、普通、いじめになんかあってたら、不登校になっちゃうでしょ?」

 とやまびこが笑顔で担任にアピールする。

「毒島、山田本人がそういってるんだ、動画を見るまでもない。この話はこれで終わりだ」

 と、担任は、踵を返し、職員室の中に戻って行った。

「毒島さん、余計なおせっかいやめて貰えませんか? 僕は僕なりに楽しい学園生活を送ってるんだから」

 とやまびこは貞子に見えない殺気を漂わせた。

 その瞬間、貞子の目が鋭く光り、

「ちょっと、話がある。体育館裏まで付き合ってよ」

「話なら今ここですればいいじゃないか」

「いや、ここは職員室の前だし、もしかしたら、ちょっと厄介な話になるかもしれないから」

「わかった。じゃあ言う通りにしよう」

 バチバチに視線をぶつけ合い異様な緊張感を漂わせながら二人は歩き出した。


 体育館裏で、間合いを保ち睨み合う二人。辺りを警戒する貞子が、

「ここならだれにも邪魔されないわ」

「一体何の話だよ」

「とぼけるんじゃないよ。あんた中学時代、段田に引っ付いてた、やまびこだろ? 三凶の段田にいじめられ、エクスタシーを感じるドMの変態野郎。そして段田がいじめ飽きたと、ターゲットを変えたからって逆恨みで半殺しにした伝説のドM、通称(ヤバびこ)。そして、今度は高校で同じ三凶の龍騎君に目を付けたと言うことかしら」

「だったらどうだっていうんだ」

「どうもこうもないわ! 昨日、やっと龍騎君が私に目を向けてくれたのに、邪魔建てしゃがって」

 貞子の額に青筋が浮き出て来る。

「そうか、昨日の身のこなし、ただモノじゃないと思ってたが、お前、もしかして不知火中の土門に引っ付いていたドM女帝、か? 聞いていたのと印象が違うから分からなかったよ」

「じゃあ、これでどうかしら?」

 と貞子は、長い黒髪のかつらを取ると、紫の綺麗なボブヘアーが輝いた。

「なるほど、不知火中の土門は、親がヤクザと言うだけで、実力は大したことないと言われてたが、三凶の仲間入りが出来たのは、やっぱりお前が陰に引っ付いていたからか? お前がいなくなった土門が簡単にやられたのは必然だな。で? 何で土門を見限った?」

「そんなの決まってるでしょ。龍騎君の方がイケメンだからよ。私、イケメンにいじめられる方が物凄く燃えるたちなの」

「となれば、俺が邪魔者ということか?」

「まあ、そうなるわね」

「じゃあどうするよ?」

 二人の距離がじりじりと近くなり、臨戦態勢になった。


「どっちが、龍騎君のいじめに耐えられる強さがあるかここで勝負よ。いじめがいがない程、残念ないじめられっ子はいないからね」

「じゃあ、勝った方が龍騎君の公認のしもべになるということで異論はないな」

 と言いながらやまびこがワイシャツを脱ぎTシャツ一枚になると細いながらも、血管の浮き出た二の腕の筋肉と、鍛え抜かれた大胸筋のシルエットが浮かび上がった。    

  

 何の合図もなく、いきなり貞子の飛び膝蹴りがやまびこを襲う。瞬間、カウンターでバックブローを繰り出すやまびこ。お互い激しいパンチと蹴りの応酬が始まった。静寂な空間に肉と骨がぶつかり合う激しい攻防が繰り広げられた。


 そんな戦いが十分も経過したが、お互い致命傷になる程のダメージは受けていない。

「女のくせになかなかやるじゃねぇか毒霧」

「あんたこそ、段田が一瞬で逃げだすことはあるな」

 その時だった。体育館の物陰で、ドサッという物音が聞こえ、やまびこと毒貞がその方向に目をやると、恐怖で顔を歪めた龍騎が、尻餅をついていた。

「龍騎君!」やまびこと、毒霧が思わずシンクロして名前を叫んだ。その瞬間、龍騎は物凄い勢いで走り去っていった。

 茫然と立ち尽くすやまびこと毒霧。

「どうする?」

 やまびこが呟いた。

「終わったんじゃね?」

 毒霧が視線を落とす。

「のようだな…… 入学したてで、これから三年長ぇぞ」

 項垂れるやまびこの下腹部に毒霧の目が向く。

「やまびこ…… お前なんか下腹部膨らんでねぇ?」

 やまびこは急に顔を赤らめ、下腹部を両手で押さえた。

「毒霧こそ、何で急に内股で、もじもじしてるんだ?」

 毒霧も顔を赤らめ、股を手覆う。

「なんだろ、訳わかんないけど、ちょっと興奮しちゃった」

「ああ。俺も、久しぶりに興奮が収まらねえ」

「やまびこ。お前、何だかよく見るイケメンだな」

「よせよ。照れるだろ。毒霧こそ、良く見ると綺麗だな」

「馬鹿言うな」

 と、お互い照れながらもじもじしていると、やまびこが真剣な顔で、

「ときどき俺とやらねえか?」

「何かその言い方、すげぇエロく聞こえるんだけど」

「嫌か?」

 毒霧は顔を赤らめ、恥じらいながら、

「別にいいよ……」

 と俯いた。その言葉にやまびこは嬉しそうに笑った。

 二人は元の格好に戻り、お互い、手をつないで校舎の方に戻って行った。 


  その後、龍騎からのいじめはぱったりと止んだが、時々、体育館裏では、

 男女の激しい息遣いが聞こえるようになった。

 



 

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