第20話 少年の正体
明かりが点いたのだ。
どうやら、今踏み超えたレールはセンサー付きのいわゆる敷居であったらしく、それで自動照明システムが反応したのだった。
人が居なくなったあとも健気に機能しているのだなと、なんとなく切ない気持ちを催しながら、徐々に照らし出される暗闇の全貌に対面した。
驚いたな、こりゃあ。
いったい何の実験をしていたんだろうか。
そこには三メートル四方の全面ガラス張りの水槽が二つ並んでいた。一つは半分くらいまでピンク色の半透明の液体が入っていて、もう一方は派手に破損していた。どうも、本来はその中にも隣の水槽と同じように何か液体が入っていたのだろう。床が濡れている。
ただ、液体の量と床の濡れとは見合わないから、おそらく数年前かもっと昔に漏洩し、時間の経過で蒸発し乾いたのだろう。それか、排水設備がきちんと備わっているか。
こんなものをほっぽり出して去ったとは。
きっとなにもかも投げ出すほど、ひどく慌てていたのだろう。
ハヤトは部屋を隈無く見学してみることにした。
先ほどの暗闇も、こうして光の下に晒されると、なんでもない。迫力に欠ける。
そこかしこに注射器や聴診器といった医療器具と、さきほど棚に並んであったような試験管やビーカーといった実験器具が散乱している。
がらんとした中に、細い柱が数本並んでいるだけ。
さっき避けたのはあの柱だろう。
そして、跨いでいたのはあのぶっといホースだろう。近くに寄ってみると、それは数百本くらいの配線や管類をまとめあげた太いホースであった。
こうしてみると、障害物たちはなんでもない物ばかりだった。
やはり、さっきの僕は滑稽だったろうな。
ハヤトは乾いた笑いを自分に向けた。
ここが特定できる何かがないかといろいろ見て回っているうちに、頭の中にふとあることが浮かんできた。
それはこの人生の中で3回ほど聞いたことがあった。
一度目は、十歳にもならない時に母から聞いた。
二度目は、十五歳くらいの時に科学報道で聞いた。
三度目は、入隊したあと月の軍事演習に出ているとき、話題になっていた。
もしかすると……。いや、そんな……。
屋内を調べれば調べるほどに、確証は大きくなっていった。
しばらくして、ハヤトが外に出てきた。
「やっと出てきたね」
少年が待ちくたびれたように、あくびをしていた。
先ほどここに入る前には気にとめなかったが、ここの入り口に、つまり今少年が立っている辺りに、大きなプレートが落ちている。
それはハヤトの思った通り、この施設の案内板であった。
そして、そこには「実験棟GFA」とあった。
「君はいつから一人でここにいるんだ?」
「三年前からかな」
三年前と言えば、大戦の終末期で、系外脱出計画が本格始動して一年くらい経った頃合いである。火星の天才が脱出船に乗り込むとしたら、だいたいその時期だろうと思われた。
「じゃあ、君はいつからここにいるの?」
「五十年くらい前かな」
やはりそうだった。
少年は淡々と何事も無いかのように話し続けた。
「ここは大戦の始まりの地なんだって、だから僕はここから動いちゃいけないんだって」
「君はネオ・クローンなのか?」
「いや、それは分からない。ただ、僕はとっても新しいって言われたよ。五十年前の話だけどね。ただ、僕は新しいけど、成功とは呼べないって」
少し少年の語気が弱くなり、うつむきだした。
しかし、すぐに元気を取り戻して、「でも、後生にわたって僕よりも重要な存在はないんだよ。みんな僕を見て、生まれたんだ」と胸を張った。
誇らしげに語ってみせているが、ハヤトには少年の心中に卑屈が渦を巻いているのが分かった。
「君は辛かっただろうな」
ハヤトは慰めのつもりで言ったというよりも、自分のこれまでを振り返って他人事とは思われずに、自然と言葉が出た。
それは自分自身に言ってやりたいと思う言葉でもあったのだ。
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