第19話 少年の≪ 家 ≫
「ここが僕の家だよ」
「えっ?」
ハヤトは少しの間、少年が何を言ったか分からなかった。少年の声が聞き取りにくかったわけではないし、よく聞こえなかったわけでもない。
少年が「家だ」と言って立ち止まったところには、ただ暗いぽっかりとした空間があるだけだったからだ。
とうてい、それが家だとは思われない。生活の臭いも空気感もまるでない。
ただの黒い大きな箱。中身のない空虚な箱である。
大きさは三人乗りの宇宙船が格納できるほどの広さで、天井が高い。整備を行う場所でもあったのか、クレーンアームや工具が床に散らばっている。床はコンクリートで滑らかな表面に傷一つ無い。
真新しいというのではない。それほど硬質で、密度が高いのだ。だから見た目にはコンクリートそっくりだが、これは別の、なにか鉱石の類いだと思われた。
「ここはいったい……?」
「ここは、僕の家だよ」
二人のやりとりは噛み合わなかった。
ハヤトの言葉の意味は、当然「この無機質な薄暗い建物のどこが家だというのか」であった。
誰もがこの場所に人間が生活を営むという気配を感じられないだろう。それほど錆び付いて荒廃している。
奥に進むとガラス片が無数に散らばっている。
フラスコやビーカー、試験管が棚にびっちりと納められ、黒板には縦横無尽に計算式や暗号のような文字が書かれている。
黒板に近づいてみると、それは壁一面が巨大なボードになっていて、よく見えないがどうやら天井近くまで白い文字が続いているようだった。
なるほど、ここは宇宙船の整備工場ではない。
「君は危ないから外で待っていろ。ちょっと中を覗いてくる。あと、ほんとうに君の家はここで間違いないの?」
「うん。ここだよ。僕はここから出てきたんだよ」
「……。君の隠れ家かなんかなのかい?」
「隠れ家って?」
「いやいや、なんでもない。忘れていいよ。とりあえず、君は僕に出会う前、ここに居たのだね。分かった。それえじゃ、奥はまだどうなっているか分からないから、とりあえず外に出て待っていてくれ」
少年は大人しくしたがった。
ハヤトはガラスを踏みしめて、さらに暗がりの中を進む。進みながら、これは他に人間がいるって見込みは無さそうだなと少し残念に思った。
奥に進んでいくと視界が狭小になり、足下さえも判然としない有様だった。そこに何が転がっているのか、もしかすると床が抜け落ちているところがあるかもしれないと、恐る恐る歩を進めざるを得ない状況だ。
数歩足を滑らすように床を確認しながら進む。
ゆっくりと暗闇に手を伸ばし、手の届く範囲に何かないか探ってみる。
慎重に慎重を重ねて歩を進める。
これは暗視カメラかなんかで映し出したら、さぞ滑稽だろうと場違いにもそんな客観視をしてみながら、注意も払いつつ進む。
だいぶ奥の方まで進んだところで、引き返すのは大丈夫だろうかと今更ながら心配になり始めて振り返ったが、もう背後も暗くてよく分からない。時折、障害物をまたいだり、避けたりしていたから、どちらから来たかも分からない始末。
困ったことになった。もしかすると、同じ部屋をぐるぐる回ってるわけじゃないよな。
心配は不安に代わった。
すると、その時。右足が細長いレールのようなものを踏み越えた時だった。
ブーンという音が響き渡り、天井の要所要所が白くなり始めた。
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