第18話 ちいさな約束
少年はハヤトの話に黙って耳を傾け、目は快弁なハヤトの生き生きとした表情や手振りに釘付けだった。
きっと少年はそこに音楽の素晴らしさを感じ、なんとなく楽しい想像を膨らませているのだろう。少年の顔が快活になり、頬が朱色に染まっているところをみると、身体の内が興奮していることが分かる。
「よし、あとで君の家に行ったあと、音楽を聴かせてやろう。あいにく今はプレイヤーがないんだ。まさか、ここで音楽を聴かせる機会に巡り会うなんて思ってみなかったからさ」
そう言っているうちに、何だか嬉しくなってきた。自分でも単純で、ちょっと阿呆みたいだと思えたが、今こうして人と出会えた、誰かと会話が出来た、それがとてつもない奇跡だと思えたのだ。
別に助かったわけではない。安泰になったわけではない。事態は好転することはないかもしれない。
それでも、つい先ほど数時間前には思いも寄らない幸福が訪れたのだ。これはまったく嬉しい誤算だ。
こんな幸運が起ころうとは。
つい数時間前までの孤独や、数日前の惨状を思い出すほどに、この赤い大地での巡り合わせを拝んで感謝したい気持ちになるのだった。
そして、それはまったく当然だ。
死に際にさした光明。
地獄に現れたる一本の白い糸。
「約束する。あとでさっき乗ってきたタンクに戻って、音楽を聴かせるよ」
◇
二人はまた歩き出した。
倉庫街を抜け、荒れた一軒家の並びを抜け、やがて少年が最初に指さした集合住宅の密集エリアの中を歩いていた。
そしてその間中、ずっと止むことのない少年の質問攻めは続いた。しかし、ハヤトは全く嫌な気はしなかった。
むしろ、自分の過去や経験に絡めた様々さ話をするのが心地よかった。こうして自分の人生を振り返る機会がこようとは思ってみなかったが、それが案外に愉しかった。
興味津々な少年の眼差しと、ほぐれた表情をみていると、改めここに生きていると感じ、安堵し、この先に光を見ることが出来た。
二人は四時間近く宇宙要塞と化した第九地区を歩いた。時折、休息を交えながら、通り沿いの家の面影もない瓦礫の中から食料を見つけては口にした。
食料は無論、生ものではない。生鮮食品などあろうはずがない。すべて、乾いたクッキーのような物か、色とりどりの寒天のような物か、様々な味のあめ玉だった。
これらは地球、月、火星、金星に広く流通し、安価ながら保存期限が半世紀から一世紀まで、とにかく長かったから、だいたいどこの家庭にも施設にも蓄えられていた。
それになんと言っても味気ない見た目とは裏腹に、空腹感はすぐに満たされるところが利点だった。栄養の偏りを除けば申し分ないとされていた。 近年、この食品群の多量摂取による身体異常が報告され、話題にはなっているのは誰もが知っていた。しかし、だからといって、もはやこれに代わる新たな食品が無い限り、誰も断つことは出来なくなっていた。後戻りできない状態まで、ずぶずぶになっていたのだ。
「ここだよ。僕の家だよ」
少年は、ハヤトの話を遮った。ちょうどハヤトが地球の海とはどういうものかについてを話していたところだった。
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