第16話 火星にいた少年
そこに少年が立っていた。
年齢は十歳くらいだろうか。背はすっと伸びて華奢だったが、痩けたところはなく、白いTシャツと白いジーンズから露出した肌は黄色と赤の中間的な色味だったが、薄く透け入るほど透明で綺麗だった。
ハヤトはこの少年が現実とは思えずに固まって、何も言えなかった。
「おじさんは宇宙から来たんだよね。さっき宇宙から来たよね。僕の願いを叶えるために来てくれたんだよね?」
少年は固まるハヤトをよそに笑顔だった。その笑顔のどこにも影は感じられない純粋そのものだった。口角をわずかにあげ、目尻に皺を寄せて、赤茶色の髪の毛を掻き上げている。
「……信じられない」
ハヤトは我が目を疑い、しばらくこの少年を現実とは思えなかった。しかし、この地区にはたっぷりと空気が残っているし、建物の損壊も先ほどの地区に比べればたいしたことは無い、生き残った人間がいて不思議ではない。そう思えてきた。そして、すぐにこの屈託のない少年の表情を見て、他に大人が生存しているはずだと思い至った。
「ねえ、聞いてる? 僕の願いを叶えてくれるために来てくれたんだよね?」
少年は何をおそれる様子も無く、ハヤトを怪しむ様子もない。ただまっすぐにこちらを見つめている。
「願いを叶えるって?」
ハヤトは不意に現れた少年に、いやそこに現れた人間に、呆気にとらた。
「そう、願いだよ。僕の願いだよ」
少年は物分かりの悪い大人にちょっと困ったようだった。
人間がいた。
なんて言ったらいいのか。こんなところで人間に出会えるとは。
まさかもう一度、こうして誰かと言葉のやりとりが出来るなんて……。
ハヤトは少年の顔に希望を見いだした。
「君は一人かい? 他に誰か入るのかな? 私はさっき君が見たスペースタンクの船員で、今までこの宇宙を漂流してここにたどり着いた。仲間がいたんだが、残念ながら今は私一人なんだ」
少年はきょとんとした顔で耳を傾けた。
「僕の家には誰も居ないよ。僕だけなんだ」
はるばる火星まで流れ着いて、こうして会話ができる現状に少し感謝したい気持ちだった。
「君の家はこの近くなのかい?」
「あっちだよ」と言うなり、少年は軽やかに身を翻して歩き始めた。
案内してくれるらしい。
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