第14話 狂う
「わかった。ではここに残ろう。最期をここで迎えような」
エルドーの態度は、懐の広い父のように寛大な態度だった。
「船長。時間がありません」
二機目の準備を整えて、ジャンが走り寄った。
「私はここに残る。ハヤト隊員とともにな」
「そんな、まさか」
ジャンは険しい表情になって、ハヤトの胸ぐらに掴みかかった。
「おい、いい加減にしろよ。いつまで、そうして腑抜けていやがるんだ」
ジャンがぶん殴ってやろうと拳を振り上げた。
「やめろ。これは命令だ。ハヤト隊員はここに残る。これは船長決定だ。反逆するというのか」
語気は厳しかったが、声は荒げていていなかった。
「でも、そんな……」
エルドーの有無を言わさない上司の眼差しに捉えられてしまうと、ジャンにはどうにも太刀打ちできず、みるみる弱り、先ほどの覇気が消え入りそうだった。
「オレは、自死を選んだのに……」
ジャンは悔しそうに目頭を抑えた。
「君は行きなさい。いや、行ってくれ。先に行き、向こうで我々を迎える準備をしてほしい」
落ち着き払った声は、上司のそれとも、階級なしのエルドーとしてのそれとも違った。どちらのものも混ぜ合わさったような声だった。
「……いいのでしょうか」
俄にジャンに表情が明るくなり、目に輝きが戻った。
「ああ、これは命令だ。君に、この脱出ポッドに乗り、宇宙へ出るという任務を与える。宇宙へ出てすぐに冷凍システムを作動させ、あちらで先に待機するよう言い渡す」
エルドー船長としてのはっきりとした命令だった。
勢いよく返事をして、さっと脱出ポッドに乗り込んだジャンは最後に長い敬礼をエルドーに向けた。
「ハヤトのこと、すみません」
そう言ったあと、すぐにポッドのドアが閉まった。
エルドーはハヤトを背負って部屋から出た。こうして誰かを背負うなんて実に何十年ぶりだろうかと考えたりしながら。
脱出ポッドは嵐の渦の中、先ほどと同じ段取りで宇宙へ出た。
波は小さく、すぐにポッドが損傷するほどではなく、したがって、リンとケーネスの乗ったポッドとは違い、するすると宇宙の彼方へ向けて放出された。行き着くはずの無い地球へ向けて飛び出したのだ。
しばらくして巨大な渦も抜け出していた。
ジャンは冬眠し夢の中で、ただ死を待つばかり。
そのはずだった。
しかし、ジャンはまだ眠りついて居なかった。
システムが作動しないのだ。何をどうしても作動しない。
冷凍システムは中途半端に作動し、今ジャンは直立不動の姿勢で寝台に縛り付けられている。これは冷凍時の安全確保のための機能で、ジャンがどれほど藻掻いても一切びくともしない。
くそ。どうしてだ。
まあいい。いずれ、系内に広がる塵芥か小惑星か何かにぶち当たって木っ端微塵になるはずだ。
そう思っていたが、どうも窓ガラスの向こうには暗黒がどこまでも広がり、視界を遮る物体は無かった。
そのまま数時間が経ち、さらにまた数時間が経った。
飲まず食わずで身動きもとれない。目の前にはひたすらいつまでも同じ宇宙を見せられている。
しまいにジャンは発狂し、失禁した。
誰か、誰か。お願いだ。誰か、助けてくれ。
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