第12話 最期の酒宴あと


 船内は静まりかえっていた。


 数時間にわたって続いた別れの宴会兼最期の晩餐が終わり、みな最後の眠りを味わっている。次の眠りには起床がない。

 この次の眠りは、永劫の眠りである。すなわち死であって、まったく眠りとは異なっている。だから、彼らにとっては最後の睡眠なのだ。


 そして、いまケーネスが最後の起床をした。


 作戦会議やミーティングを行う際に使える広い部屋は一つしかないため、そこが食堂室や宴会場に変わることがしばしばあった。最期の晩餐もこの味気ない部屋で開かれた。

 電子モニターや計器類、雑に敷かれた無数の配線類などがそこかしこにあり、とうてい食べ物の味が良くなるとは思えない。

「ロシア産の上物を開ける良い機会だ」

 ケーネスがそう言って、最高にパンチのある強い酒が開けられ、晩餐は大いに盛り上がった。取り残されたたった5人が、死に際に催した離別式としてはあまりに賑やかだった。


 酒に弱いハヤトは気がつくと、夢の中にいた。

 そして、間もなく物音に気がついて最期となるはずの起床をしたのだ。


 ジャンがボサボサの頭を掻き回している。未だ寝ぼけ眼のようだ。人生最後の寝ぼけ眼なのだ。


「おはよう。あまりはしゃぎすぎたせいで、頭が痛いな」

 ハヤトは目をこすりながら声をかけた。


「そうだな。どうも強い酒はいけない。調子に乗り過ぎちまうな」

 明け切らないジャンの目がハヤトに向けられた。


「今日で最期なんだな……。僕ら、みんな最期か」

 

「起きて早々に陰気だな。ハヤトくんは怖い夢でも見たのかな」

 ジャンがわざと優しい口調で茶化している。


「やめろよ。オレは事実を言っているだけだ」


「ああ、そうだったな。事実だ。もう充分決心したはずだろ。今更、オレはなんとも思わないさ」

 ジャンは余裕たっぷりだった。そして「なんにしても歯は磨きたいな」と言い自室に戻っていった。

 ハヤトは「歯なんか磨いたって……」とつぶやいて、次の句は継げなかった。「いや、オレも磨いておこう」と思い直して、晩餐の会場から出た。最後に起きて会場をあとにしたのがハヤトだった。


 ◇

 

 それから一時間ほどがして、エルドーが全員を招集した。

 船外脱出用ポッドのある部屋だった。そこには三人が入ってやっとというほどの手狭なポッドが三機並んでいた。

 このポッドに入って宇宙空間に出て、最後を迎えようというのだ。


 しかし、なぜこの方法を選んだのかといえば主に二つの理由があった。

 一つは、このポッドには瞬間冷凍システムが備わっており、最期のその一瞬の痛みも恐怖も味わわずに、冬眠状態の内になにもかも終えることができるという理由で、精神的負担が無いという理由だった。

 安らかな眠りの内にすべてを終えられるのだ。「おやすみなさい」と言って、甘い夢の中へ、そうして気がつくと雲の上、いや宇宙の塵芥の一部というわけだった。

 もう一つの理由は、スペースタンクに特攻回避システムが厳重に設けられているということがあった。 

 これにより五人でこの船もろとも最期を迎えるのは無理だったのだ。

 それに、この船で死ぬとなっても、万が一数分間助かる場合があった。部屋が小分けになっているために、わずかな酸素が残り、また爆発を運良く免れてしまうと、数分程度は助かる者が出てきてしまうというシュミレーション結果だった。数分助かってしまった者にとっては紛れもない絶望と苦痛の時間となるのだ。

 それはあってはならない。エルドーはそう考えた。


 だから、わざわざこの脱出ポッドなのだ。


 しかも、この脱出ポッドはすべて地球に向かうように設定されている。月と地球の間の輸送を想定していたタンクであったため、何か非常時があれば地球に凄まじい速さで落ちるように出来ているのだ。その高速に耐えるための冬眠システムであった。

 もっともこの地球と火星の間では、地球までたどり着くはずはないのだが、最期は「地球へ帰りたい」という願いを乗せたいのだ。


 一機目にはリンとケーネスとエルドーが乗り込むことになった。リンのたっての頼みであり、死に際にそっと抱いていてほしいという個人的な頼みであり、それをエルドーが了解したのだ。


 だが、土壇場になってハヤトがまた泣き言を吐いていた。

「これからいよいよ死ぬのだ。もう二度と起きることは無い永遠の眠りの中だ。真っ暗で寒い寒い中に閉じ込められるのだ」

 ハヤトは頭を抱えて蹲りだした。


 これにはエルドーも心配になり、いつも呆れ顔のケーネスもこの青年を哀れに思わざるを得なかった。

 この若さで死ぬとは耐えられないことだろう。


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