第10話 火星から飛翔した物体、火星へ降下する物体

 火星の遙か上空から、彗星のように長い火花をなびかせて、大きな塊が降ってくる。

 火星の空を曇らせる無数の残骸の一つが、重力に引っ張られて落ちてくるのだろうか。 

 その塊が落ちた衝撃で、ドームの崩壊が著しく酷くなった。区画ドームの内の十個は半壊だったが、この震動で砂塵をまき散らして、崩れ落ちた。半壊のドームの内四つは全壊になったのだ。


 その勢いで瓦礫や塵芥があちこちで舞い上がった。地球より弱い重力場であるため、それらが空の方まで高く舞い上がるのだ。


 塵芥の中の一つに「第十一地区 Area No.11」と描かれた標識があった。その書き方からして、おそらくこの辺り一帯は日本人居住区だったと思われる。ただ、単に旧時代の日本語、文字が独創的で良いという感覚から、エセ日本地区となったに過ぎない可能性も充分にある。


 現に火星での人種交配は入り乱れて、もはや出自は「火星」であるというばかりで、他の特徴は何の役にも立たなかった。肌の色、目の大きさ、堀の深さ、毛量、手足の長さなど、それぞれの個性であるに過ぎず、そういう分け隔てなさを、地球では「火星人」と揶揄していたほどだ。

 しかし火星側では偏見の激しい人間をさして、「地球人」とは批判した者はなかった。


 ◇

 

 これは着地と呼べるか怪しいな。

 ただ理想的といえないだけで、こうして僕は無事、死なずに、火星の地に降り立てたのだから、一人でここまでできたのは大したものだと自賛してもいいだろう。

 降下の際にこの地区のドームを派手にやってしまった。 それだけは、申し訳なかったか。

 ここに万が一にでも、住民がいたとしたら裁判で懲役は免れない。木星軌道に乗せられて、何十年も孤独を彷徨う。永劫にの生き地獄という羽目だった。


 まあ、もとより現況が生き地獄なのだが……。


 さきほど着陸よろしく、落下したのはスペースタンク987AーK型だったのだ。

 身支度を整え、数日ぶりに風呂用ポットにも入って、すっかり見違えたハヤトは、ゴワゴワの船外活動服を着込み、準備をした。これは軍の規律だった。軍の一員としてどこにでても恥ずかしくない身だしなみであれという教えなのだ。


 このスペース・タンクに旧時代の宇宙服だけはなんとか備えてあったのは不幸中の幸いだった。輸送船の役目を担わせていたタンクだけあって、船外活動設備は全く不十分だった。もっとも戦況の悪化と、ぐずぐずになった機構によって、新型の宇宙服は精鋭にあてがえるだけでやっとという具合になっていた。だから、末端にはこんな粗末な物しかない。


 このタンクは前線にでないからとは、ただの口実だ。その実は、金が底をつき、製造元も滞り始めたせいで、満足な設備供給が出来なくなったのだ。


 根性だけでは戦争には勝てない。

 

 僕はそんなことは無いと思っていた。

 いや、末期も末期の、昨年あたりは勝つも負けるもどうでも良くなっていた。根性が云々というより、この生活に終わりが近いと誰もが知っていて、もちろん僕も感じていた。

 結局、僕たちは勝ったのだろうか。負けたのだろうか。誰に勝って、誰に負けて、そして……。

 ハヤトは考えるのをやめた。

 

 それは船外危機分析の終わりを告げるブザーが鳴ったからだったかもしれない。


「船外異常なし」

「所定の活動装備が必要です。詳細はこちらを参照してください」


 あいにく参照したところで、その装備がないんでね。


 船外に出てみると案の定、人間の気配はどこにもなかった。いや、人工物ばかりだから、はっきりと人間の残り香はするのだ。

 数十年前まで、ここに暮らしがあり、人間の悲喜こもごもが滞留していたのは間違いない。

 どうやら、この地区はショッピング街のようで、そこかしこに朽ち果てた商店が並んでいる。往時を偲ぶのは容易くはないが、地面に張り付くようにして落ちた「GINNZA」という横断幕を見ると、かつての東京の街が自然と思い出されて、それに似た活気がこの有様になったのかと思うと、胸が痛かった。


 火星へ降下する間際に見た火星の地表から発射されたロケットをハヤトは見た。あれはいったいなんだったか。

 火星から打ち上がってすぐに爆発したロケットは、先ほど調べたところ、この地区の近くで打ち上がったらしい。


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