第4話 褐色の塊 火星
警報アラームが鳴り響く。赤いサイレンの光がチカチカと明滅を繰り返している。
ハヤトが顔を上げると、目の前のモニターには、瓦礫と死体とで構成された無音のハリケーンがこちらに近づいている様子が映し出されていた。
ついに来た。自ら命を絶つ度胸のなかった僕にも、ついに終わりが来たのだ。
偉大なる宇宙はやっと僕を許したのだ。
宇宙は僕を見放さなかったのだ。
この孤独から解放される。僕をこの孤独地獄から救い出してくれ。
もう終わりだと思うと、やっと安らぎの地へ向かうのだと思うと、わずかばかりだが、彼の心が晴れやかになるのだった。
つい先ほどまで、孤独が怖いと泣いていたのに、孤独に対する恐怖に打ちひしがれていたのに、それが嘘のように晴れやかなのだ。年も四〇が視野に入る大の男が、孤独の恐怖に打ちひしがれていたのだ。
なんと滑稽だったことか。孤独が怖いだなんて。
ハヤトは自嘲した。
その時、すべてをその渦に飲み込もうとする凄まじいハリケーンが目の前に迫った。
その威力で、タンクが激しい振動に見舞われる。あらゆる計器が鳴り響き、警報システムがオートで作動し、サイレンは危険シグナルの最高レベル十三の音に変わった。
凄まじい振動でハヤトは否応なしに、床に放り出された。操縦席の支柱に慌ててしがみつく。
さあ、いよいよだ。この冷たい世界ともようやくのお別れだ。
奥歯を噛みしめ、全身の力を衝撃に備えた。衝撃に身を委ねたいくらいの気持ちだが、人間の、生命の本能がそれを許さない。激しい揺れと、微少なデブリの雨にやられ、損傷が激しくなったタンクから、徐々に重力が失われていく。重力システムが一部損傷したのだ。
間もなくだ。
ハヤトがぐっと目をつむって死の瞬間をたった一人で耐え忍ぼうと、あらゆる全身の筋肉に力を込め緊張した。
まさに、その時だった。
無音のハリケーンはタンクの目と鼻の先、すれすれで横切って遠ざかっていった。何か大きな重力によって、そういう進路を辿ったのだった。
警報のサイレンは、順を追って音色を変えた。そして、もう、危険シグナルのレベルは四をきり、レベル三、二と下がっていき、間もなく音も振動もなくなったのだ。
一切が静けさの中となった。
そして、モニターには巨大な天体が映し出された。
それは、赤い惑星。
火星だった。
あのハリケーンも、この火星の重力の前では何でも無かったのだ。火星という巨石の重力に操られて、まるで守り神のように、あのデブリのハリケーンは火星付近一帯を掃除していたのだ。ゴミがゴミを掃除しているのだ。
そして、ハヤトは守り神の一掃を免れた。
ハヤトは、火星に迎えられたのだ。それが果たして、良いことの悪いことなのかは別として。
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