第2話 現 状
ついに人間の戦争も、地球の規模では足りなくなった。この青く輝く球体の表面では、所狭しであったのだ。
戦争は宇宙に及び、戦争のために科学技術が急成長し、また科学の発展によって戦争は激化の一途であった。
二一一二年の宇宙も黒く、果てしない広大な無酸素空間であるのは、宇宙有史以来なにも変わりない。
スペース・タンク987AーK旧型は、この冷え冷えとした暗黒大海を進んでいた。
振り向いて、どこを探しても地球は見えない。あの母なる青き星の影すらない。
それは、ただ距離があまりに隔たっているからという理由ばかりではない。ここから、地球までの間に、夥しい数の宇宙船や戦闘兵器の残骸がそこかしこに漂っているからなのだ。先の大戦で破壊され粉々になった戦闘機や爆撃衛星。八つ裂きになった輸送空母。民間の生体輸送船もその姿を止めていない。すべて木っ端微塵。鉄くずやら金属片、木片が浮遊している。
視界は極めて悪い。それはもう最悪だ。
地上だろうと宇宙空間だろうと、戦の後の焼け野原にはそれほどの違いはないのだ。その光景は広漠とした荒れ地そのもの。
ただ、それが地に還るか、永劫とも思える時間、そこを漂い続けるか。
地上の焼け野原ならばまだしも、その上には広大な青空が澄み渡っている。しかし、この暗黒の宇宙ではすべてが上下左右となく、瓦礫や塵芥、死んだ人間の破片らがそこかしこに散乱している。立体的に散乱しているだ。
そんな残骸も巨大な重力の餌食となって、最終的にはどこかの地に還るのだ。そこが地球でなくとも、それは「還る」ということなのだ。
そして数々の還付が一つの岩石、星を成し、また新たな微塵を還らせるのだ。
瓦礫の海を泳ぐのは、このタンクと、無数の死体だけ。死んだ者たちは、人間と動物と分け隔て無く、この宇宙空間で皆、惨たらしい表情を浮かべている。己の最期を叫び続けているのだろうか。もしかすると、地球に帰りたいと叫んでいるのかも知れない。
彼らの最期は一体どのようなものだったのだろう。
物理的痛み、例えばレーザー光線に当たったり、弾丸に貫かれたり、爆撃の衝撃で重症になったりと、それでもって最期を迎えたのだろうか。それとも、この酸素のない黒い闇に放り出されて、呆気なく死んだのだろうか。
もしかすると、この無音世界に頭を狂わしたのかもしれない。
こいつらは己の最期をここで、この宇宙空間の塵の中で、迎えることを了解してくれるだろうか……?
あの戦争は、彼らにそれを覚悟させるに充分だったのか。連合国と先進諸国の泥戦。発展途上国を巻き込み、長期にわたった目的不明の大戦。
あれに何の意味があったのか。
結局の所、戦局が歪曲し、長引くほどに、誰の口からも語られなくなった、その戦争の意味や目的。本当に何であったのか……。
勝とうが負けようが、何の利得もない人種が大半を占めた。
民族同士の殺し合い。敵も味方もなく殲滅あるのみで突き進んだ終盤は、まさに地獄そのものだった。誰もが、誰もを信じることができない。
神はいつまで経っても、啓示を与えず、ましてその姿を現す事は無かった。
大戦の後、人間たちは地球を離れるだけでなく、この太陽系を一斉に離れるという決断を下し、それからは実行に移す段階は素早く、次から次に太陽系を離れていった。
系外に安住の地を求めたのだ。
それは、地球上屈指の天文観測研究所の試算が示した結論だった。誤読の無いように、数値データの解析は約三年に及んだ。三年という時間は、こういった天文学的数値データの解析においては非常に早いペースだった。それもそのはずで、今にも巨大な火球である太陽そのものが迫っているのだ。物事は地球脱出を最優先で急ピッチに進められなければならなかった。
本来ならば、戦争などしている余裕は人類には無かったのだ。
先ほどから大戦が終わったという風に言ってしまっているが、実のところは大戦が終わっているのかどうか分からない。
今も場所を変えただけで、また同じ戦争を続けているのかもしれない。いや、間違いなく、続けているだろう。この凄惨な系内宇宙の光景を見れば、すぐに分かる。人間がそう簡単に、武力に訴えない道を見つけられるはずがない。
これほど愚かで自制のない人類に、戦争を放棄できる器量などあるはずがない。
この火星と地球の間には、未だに感応性の小型機雷が無数に漂っている。まき散らすだけまき散らしたものだから、位置の把握できるシステムがついには出来ずじまいだったいう。まったく、目も当てられぬほどの怠慢ではないか。
しかも、おおよその試算では、おそろくこの「地雷の砂場」は金星から木星の間にまで、上も下もなく立体的に広がっているだろうとのことだ。
それらが今も惑星の重力によって、それらが音もなく宇宙空間を滑り、拡散し続けている。
人間が太陽系から撤収した大きな理由がこれなのだ。観測研究所のコンピュータがはじき出した計算の大半は、小型機雷の危険性を考慮して算出されていたのだ。
そしてもちろんだが、系外退避の際にも、半数近くがこの宇宙機雷の犠牲になり、命を落とし、生ゴミとなってそこら中に漂っているのだ。
この時代が青年ハヤトの生きた時代なのだった。
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