面

後

　男が居なくなるとカウンターの男女もテーブルの四人もいっせいに話に花を咲かせた。

　俺も口には出さなかったが色々と考えた。

　まず一点、彼の言う事の真偽はともかく、その村は稲荷信仰が厚いのだろう。

　地蔵にまで狐の面を付けると言う事は稲荷が唯一神か？

　次に誰も口に出さなかったと言う事は隠さなければならない神なのだろう。

　外に漏れるのを嫌っているのも頷ける。

　祭……祭とは何だろうか。

　色々な祭がある、豊穣祭、地鎮祭、生贄を捧げる祭もある。

　そう考えて行くと邪神崇拝では無いかと言う考えが脳によぎる。

　話の最後に出てきた眼鏡の男…。

　あいつは村の者では無いのだろう。

　もし村人だったなら、もっと過激に村から追い出していたはずだ。

　稲荷を唯一神とした村、か。

　閉鎖された村に土着の信仰、まるで小説だな、とそこまで考えた時、男が帰ってきた。

　男が元の席に腰を下ろすと話し合う小声が一斉に止み店内が静寂に包まれＢＧＭだけが優しく流れた。

　お待たせしました。

　話を続けます。

　さて、私は村から追い出されてしまいましたがそれでもなおその秘密の祭とやら見たくなりまして、村に程近い木々の間より村を覗いておりました。

　Ｓ村は山間の村である陽が傾き始めると冷えた空気がより一層涼しくなります、とそこで私はおかしな事に気が付きました。

　視界に入る村人の数が減っているのです。

　夜になれば家々に入り夕食をとるので当たり前だ、と思われるかもしれません。

　しかし、その家々には灯が点っていないのです。

　家に帰っていない村人がいる、つまり、村人が消えているのです。

　陽が落ちる頃にはまるで廃村の様に村は静まり返っておりました。

　やがて完全なる夜がやってまいりました。

　それでも、村人達は帰ってくる気配がありませんでした。

　意を決して村に入ってみるとやはり人の気配は全く無く、闇の中を冷たい風だけが流れていました。

　村をゆっくりと進んでいると私の耳に風に乗って何やら地響きの様なものが聞こえてきたのです。

　私はこれは祭の太鼓の音だな、と聞こえてくる方向へ歩き始めました。

　よくよく耳を澄ますと、山の奥から聞こえてきている様でした。

　一番音が聞こえる場所で山の奥に目を凝らすと仄かな灯が見えたのです。

　木々に阻まれかすかにしか見えませんでしたが遠いと言うことは分かりました。

　私は灯の方へ歩き出しました。

　荷物は邪魔になるので地蔵の裏辺りに埋めていつでも逃げられるように身体を軽くしておきました。

　真っ黒な山道を小さな灯を目指して歩くとはかなり辛い事でした。

　しかし、私が経験してきた夜の山道と決定的に違う所がありました。

　獣の気配がないのです。

　梟の囁き、野犬の遠吠え、蝙蝠の羽音。

　生き物がいる、という気配が全くないのです。

　静寂という恐怖と戦いながら歩いてゆくと一軒の家が見えてきました。

　家の中からは光と男達の話し声が漏れておりました。

　その家は監視小屋のようでした。

　祭の行く者を監視しているのでしょう。

　しかし、男達は振舞われた酒で酔っていたようで呂律がまわっていませんでした。

　私は音を立てない様に素早くその建物の前を通り抜けました。

　その先にも静寂と真っ黒な山道が続いており、すこし歩くと次に現れたのは門でした。

　幸いにも、扉は開いており楽に通り抜けられました。

　しかし、門を通り抜けた瞬間、背筋に悪寒が走りました。

　一体それが何なのか気にはなりましたが私は段々と近くなる灯に吸い寄せられるかのように一心不乱に前へ進みました。

　遠くに見えていた灯が大きくそして、はっきりと見えてきました。

　太鼓の音も大きく、はっきりと音頭を刻んでいました。

　祭に到達した私は木陰から中を覗き悲鳴をあげそうになり慌てて両の手で口を塞ぎました。

　人々は一様に狐の面を被っていたのです。

　太鼓を叩く者、屋台の店主、走り回る子供達……、祭に参加する者の全てが狐の面を被っていました。

　私は木陰を渡り、祭に入る機会を探しました。

　すると、突然太鼓が止み、人々が走りまわり始めました。

　何事かと思い、耳を澄ますと人語では無い言葉が聞こえてきました。

　前方に集中していると、後ろから肩を叩かれました。

　慌てて振り返ると、そこには眼鏡の男がおりました。

「来てしまったか、帰れと言ったのに……。まぁ、来てしまったらしょうがない。これを」

　そう言って眼鏡の男が取り出したのは狐の面でした。

「面を被り油揚げを身体に擦り付けるんだ。大した時間稼ぎにはならんが効果は期待できる」

　私は慌てて言う通り狐の面を被り油揚げを身体に擦り付けました。

　準備が終わると眼鏡の男は私の手を引き祭の中心へと向かいました。

「早く行かないと出口が閉まってしまう」

　そう言う眼鏡の男に引かれ私は櫓の下に潜りました。櫓の下には階段があり、私がどこへ通ずるのか、と聞くと眼鏡の男は出口への近道だ。とだけ言った。

　階段を抜けると森の中に出ました。

　森を小走りで移動していると小雨が降ってきました。

　すると眼鏡の男が慌てた様子で私の肩に手を置き言いました。

「走ります。追っ手が来ます」

　眼鏡の男が言い終らないうちに私達が通ってきた道の奥に大声がとどろき、揺らめく灯が数を増やしていきました。

　狼狽していた私は眼鏡の男の姿を見失ってしまいました。

　走って走って、私は一本の木に突き当たりました。

　暗闇なのでよく分かりませんでしたが、白くとても大きな木だったと記憶しています。

　その木にそって二本の道が続いていました。右か左か、迷っている暇はありませんでした。

　後ろから怒号とそれに合わせて揺れる灯が迫ってきていたのです。

　私は握り込んでいた油揚げを右の道へ投げ、左の道へ駆け出しました。

　進につれ傾斜が急になっていきました。

　私は転がる様に下り坂を下りて……。

　私にはそこからの記憶がありません、気が付くと陽は高く昇っており私は岩場に寝転がっておりました。

　傍らにはあの時、眼鏡の男から貰った狐の面が二つに割れて転がっていました。

　これで終わりです。お金はここに置いておきます。

　では皆さんまた……。