第6話 もう聞こえない

小さな頃から山登りが好きだった。山を登ることしか考えなくていい、いらない事を考えなくていい。山登りのいいところは、私の性格をそっくりそのまま写していた。一直線に頑張るのが好きだった、それ以外のものが目障りだった。


小学生の頃は学校にも行かずに家で最低限勉強して、後は全部山登りに使っていた。簡単でハイキング感覚の山もあれば、私以外みんなベテランの男の人しかいない山もあった。それでも、どの山も最高に楽しかった。なのに、


「今日から中学生なんだから、山登りは辞めて学校に行きなさい」


「え? 山登りが趣味なの? 放課後にタピるのは……ふーん」


「あいつ可愛いけど……筋肉すごすぎで女として見れねえよな、山登りとかウケる!」


中学校が嫌いだった。あそこには余計なものが多すぎて、好きなものが少なかった。でも我慢我慢、少なくとも高校生になって自由になるまでは……いいやそんなに待てない!


好きな事をして何がいけない、そう思った私は朝早く親も起きていない時間に朝早いと嘘をつき、山登りに行ってしまった。久しぶりの山は、やっぱり雄大で登ることだけでよくって、目障りなものは何一つなかった。下山する頃にはすっかり暗くなった、お母さんに怒られるのかな、またクラスの人たちに笑われるのかな……


「あぁ……戻りたくない」


もう、あいつらの声を聞くのが嫌だった。私の耳には毎日のように毒が降り注ぎ、溜まっていき、もう溢れんばかりだった。……でも何でだろうシンプルに我慢できなかったのかな、それとも久しぶりに良さを再確認しちゃったから? 遂に決壊した。


グチュリ、という嫌な音を皮切りに、私の耳は聞こえなくなった。耳からは今まで溜め込んできた他人の毒素がダラダラとたれ出てくる、でも私には効かない、そんなものに屈していたら今頃になってまで山には登っていない。怖くはなかった、むしろ嬉しかった。




もう、目障りな声は何も聞こえない。


「見てみてお母さん、もう何も聞こえないよ!」


「これに近づいたらみんな腐っちゃうから、私に近づかないでね!!」


「私には何を言っても通用しないから、何処かに行っちゃってね!!!」


私にとって音が聞こえないってのはとても嬉しかった。

もう何も悩む必要なんてない、いらない毒素が届くことなんてない。




ただ、ゲームも楽しいけど、久しぶりに山登りがしたいな。

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