第4話 鈴木穂 真田大輔

「失礼します、2人とも大丈夫……ウッ」


部屋に入るなり刺激臭が鼻を襲う。肉が焼け焦げている匂いだけではなく、タンパク質が腐敗したような匂いのダブルパンチ。つまらない……と流せるほどの苦痛ではない。思わず鼻を摘んでしまう醜い臭いだ。この2人仲がいいのはいいことだけど、こんなにキツい臭いを吸い続けるのはお世話係としてとして辛い。


「ガガグゥ……いだい″、いだい″ぃ……さなだぐん、ごめんなざい……」


「ニッコ、ニッコニ!」


……といっても14歳の男の子に進行する火傷を一人で耐えろなんてのは到底無理な話だろう。大輔くんも目や口周りがドロドロに溶けて身体中傷だらけで辛いはずなのに、いや寧ろお互い他の患者と比べて肉体的な苦痛が多い分意気投合しているのかも。まともに会話が出来ない大輔くんが毎日穂くんのところに来るのも本当に仲がいいからなんだろう……穂くんも彼がいるから長生きできるのかも。


「ニッコニコ!」


「ごめんね大輔くん、遅れちゃった。今から包帯を全部取り替えるからいつもみたいに手伝ってくれる?」


「ニコー!」


カルテNo.25250530

真田大輔さなだだいすけ 14歳

病名:ニコニコ病

眼球と口周りが腐敗により溶けて、青黒いニコちゃんマークのような顔になっている。また身体中にニコちゃんマークの形をした切り傷や刺し傷のような物が日に日に増えていき、それらは悶絶するほどの苦痛を伴う。しかし患者の場合は痛みを感じている様子はなく、気性は非常に穏やか。

ニコニコというニコニコ病患者特有の言葉を発するが法則性は定かではない、しかしこちら側の言葉は理解しているようで一応意思の疎通は可能。

現在はカルテNo.06060214鈴木穂と親交を深めている様子で、2人の病状にどのような影響をもたらすかを観察中。


「まずは下半身から行くよ、大輔くんはこっちを持ってね」


「ニコ、ニッコー!」


「あ″、いダァィよォ」


ごめんね、毎日包帯を変える時泣きながら痛みに耐える穂くんを見ていたら心が痛くなる。こんなに苦しそうなのに生かし続けるだなんて残酷だ……とまでは言わないけど、彼のこんな姿を毎日見ると考えが揺らいでしまいそうになる時がある。少なくともここに入院してきてはや2年、病状は遅くとも確実に悪化していた。


「ニコニコ! ニッニッコ!」


「ざな″だぐン ″……ァァァ……」


何度も大輔くんに喝を入れられながら穂くんは毎日必死に激痛に耐える。ごめんなさい、こんなの残酷よね……でもつまらない私にはどうすることもできない、ただ看病をすることしか出来ないの。


……


…………


………………


「終わったよ、お疲れ様。大輔くん今日もありがとう」


「ニッコ!」


「ァ″、ギャ″ァ″……ァ″リガ、ドウ、イ″ヌ″ダざン 」


赤黒く変色してしまってた包帯を白いのに変えてあげた。冷たいのが好きみたいで、そのあとは氷やアイスあげている。お医者様から穂くんだけはめいいっぱい甘やかしてもいいよと言われている。それはこの病練で最も重症な彼への同情心からでる情けか、愛によって病気の進行が遅れるからという打算的な理由か、それとももう長くはないと見切りをつけているからなのか、真意は定かではない。


その後はもう好きにしていい、担当の子の部屋を自由に回りつつ、何か読んでいるようなら向かえばいい。でも今日は比較的平和だ。


佐藤くんはずっとこだわりの本を読み続けているし、渚ちゃんは眠っている(充電は切れていたけど)、友くんはいつも通りご飯の時間や就寝時間ならないと帰ってこないからその時に診ておこう。穂くんと大輔くんはこれからもずっと仲良くできるだろう。





うん、今日は平和だ。

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