第2話 伊藤渚
比較的手のかからない佐藤くん、今日の調子は良行のようだ。さて次のカルテはと……
カルテNo.09091121
病名:モクモク病
鼓膜が溶けて音が聞こえない病気、常に耳から肉体が触れると腐敗してしまう液体を放出しているため非常に危険。患者自身の肉体には無効なようで、それによる患者の肉体の腐敗は今まで例がない。
液体の発生を止める対策は多岐にわたるが、この患者の場合暇を持て余すのが厳禁。一人で出来る遊び道具を常に手の届く場所におく事、ゲームもよし。
またその性質上、話しかけても返事がない場合が多いが、患者の性格は真面目だ。
渚ちゃんは病室から出ることはほとんどない、逆に病室に誰かが遊びに行くことさえできない(耳の液体のせい)、この病練の中でも異質な方だ。だからこそ担当である私がコミュニケーションを取らないと、耳が聞こえてないから会話はできないけど。
「渚ちゃん、犬田です。入るよ」
耳の聞こえない渚ちゃんの部屋に入るのにノックはしない。ドアを少しだけ開けて顔だけを出す、液体が怖いからか他の子と違って分厚いガラスの壁で遮られているその病室では、私と渚ちゃんが触れ合うことはない。液体を回収するため乳牛の搾乳機のような物が両耳についている、更に付け易いように坊主頭になっている、つまらない上にもう見慣れた物だ。今日はゲームをしているみたい。
コンコンとガラスを叩いても気付かない、淡々とゲームを続けている。仕方がない今回は様子を観察するだけにしようか。元々真面目な性格が災いしたのか、最初は病気の進行を抑えるため脅迫的に行っていたゲームも今はプロレベルだ。ただ怖がりながらやり込みゲームをしていた頃とは大違い、ちゃんとやりたいゲームや遊びを指さすようにまでなった。精神的に強くなり始めている、大きな進歩だ。
「いつも通りゲーム……ん? 大丈夫?」
耳からどれくらいの液体が出ているのかを教えてくれるメーターが、今日はやけに大きく振られている。ひょっとして今やっているゲームに飽きたのか、いやいやついこの前お医者様が買ってあげたばかりだ。
「渚ちゃん、大丈夫?」
バシバシと叩いても反応がない、どうしよう、このまま許容量を超えると耳のそれから睡眠剤が投与されてしまう。寝ている時は液体が出ないことを良いことに常に睡眠剤を入れ続けるべきだなんて人間とは思えない学会からの提案があることを今思い出した。
叫んでも聞こえない、叩いても届かない、たぶんゲームが難しくて集中しているんだろう。イライラしているとも言うのかな。
「あ……犬田さん……?」
「渚ちゃん!!!」
ようやく私に気がついてくれたが時すでに遅し、AIによって管理された機械が、液体の許容量をとうに超えたと警告を出している。そろそろ意識が朦朧として、1日ほどの眠りにつくだろう。セーブもしていないゲーム画面が寂しく光る、目が覚めたとき充電が切れていたら悲しむだろうな……私にはどうしてあげることもできないけど。
……今日の所はこんなもんでいいか、睡眠剤の投与により診断中断とでも書いておこう。
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