らせんの檻

初月・龍尖

らせんの檻

 猛烈な吐き気と尿意と便意が彼を襲った。

 硬い床に転がり落ち、上から下から臓腑をも出す様な勢いで吐き出した。

 胃や腸、膀胱が空になっても彼の身体は吐こうと震えを続けた。

 ようやく落ち着いてきた彼は水を求めて頭を起こした。

 そうして目が合った。

 粗雑に積み上げられた人、ヒト、ひと。

 自身吐き出した汚物で汚れる事も気にせず彼はその山に這って近付いた。

 兄、姉、妹、弟、父、母、そして自分。

 ゆらゆらと揺れる視界の中に同じ顔、同じ服装の彼の家族が幾人もいた。

 上の方はしっかりと形を持っていたが下の方は腐って重みで潰れていた。

 再び吐き気を催したが彼の身体の中に吐き出す物は残っていなかった。

 震える身体に活を入れ彼はその部屋を出たがドアノブが球状だったので開けるのにすこしどころでない時間がかかった。

 部屋を出ると白い廊下が彼を迎えた。

 廊下の両側には等間隔に扉が並んでおり、それぞれ部屋名を表すプレートが付けられていたが彼にはどうしてもそれが読めなかった。

 教育は受けている、本だってひとりで読める、そう思ったのだがその文字はどうしても意味不明な記号の羅列にしか見えなかった。

 どうにかして中が覗けないかと扉を触っているとどこからか脳を揺らすような甲高い音が響いた。

 音が響くと共に扉が一斉に開きあそこで見たのと寸分違わず同じ顔、同じ服装の彼の家族と彼自身が現れひとつの扉の中へ入っていった。

 彼は戸惑ったが最後尾について中に入るだけの猶予はあった。

 扉の中は彼の頭の中にある晩餐室その物だった。

 中に入った彼は壁に垂れた布の中に隠れ、推移を見守った。

 無言で食事をする家族。

 表情を変えず、言葉を発さず、ただ淡々と机上の何かを口に運んで咀嚼していた。

 最初に変化が起きたのは父だった。

 顔の血が引き蒼白になると泡を吹きテーブルの上へ顔面を叩き付けた。

 皿を割る事は無かったが部屋に音が響いた。

 しかし、他の家族は気にすることなく食事を続けた。

 ひとり、またひとりと倒れ遂に晩餐室の中に七つの死体が転がった。

 彼は外へ出て家族を確認しようかと迷ったが静まり返った部屋に白衣を羽織った男が突如として現れた。

 白衣の男は床に俯せに倒れた妹の腹を蹴り仰向けに変えた。

 居ても立ってもいられず彼は近くに落ちていた銀色のナイフを拾い白衣の男を刺した。

 刺した、彼には刺さったと確信できた。

 妹を覗き込んでいた顔に、目に刺さった、と。

 しかし現実は違った。

 彼の突き出したナイフは白衣の男の30cmは手前で止まっていた。

 彼の身体がナイフを突き出す形で動きを止めていた。

 大声を出して力を籠める。

 しかし、彼の口から洩れるのは息ばかりだった。

 白衣の男は左人差し指の腹でナイフを左にずらし右手で彼の首を掴んだ。

 躊躇無く首を掴まれ彼の脳は酸欠状態になりやがて気絶した。

 白衣の男は彼の右腕の袖を捲った。

 そこには一度も日に当たった事の無い処女雪の様な真っ白く血管が透けて見える腕があった。

 前腕部には”5-00381”と刻印があった。

 壁の一部が上へスライドしそこから白衣を羽織った男女が現れ気絶した彼を連れて晩餐室の外へ出た。

 その後、彼は血液一滴、細胞ひとつに至るまで分解された。

 白衣の男はその結果で世界の注目の的となった。

 DNAそのものに毒や病気の耐性を与える研究を完成させたのだ。

 これにより人類は毒や病気を克服した。

 白衣の男は貪欲に死の要因を潰していった。

 実験で培ったクローン技術を応用し欠損部の補填や損傷した臓器移植など物理的な傷害を克服した事で人類は老衰と即死以外の死因で死ぬ事は無くなった。

 老衰や即死などの突然死に対応する為に脳のデータや精神をSCD―SilcaCrystalDrive―に保存し就寝時に脳に埋め込んだマイクロコンピュータと同期し常に最新の状態に保つ様な機構を創り上げた。

 死亡時に同人から創られたクローンへSCDからデータをインストールする事により人類は疑似不老不死へ到達した。

 若い体へ何度も疑似輪廻転生する事が流行り妊娠率が上がり人類の数は急増した。

 その反面、性欲に溺れやがて摩耗した精神と膨大な記憶により狂った者が何人も現れ人類間に争いが急増した。

 そうした争いは徐々に大きくなり世界を巻き込む大戦が勃発し世界の文明度は著しく下がった。

 結局、人類は再び一歩ずつ歴史を進める事になった。

 旧時代の遺物を発掘し擦り減った知識を頭を突き合わせ補完し合い死の恐怖と戦う事となった。

 人類は忘れてしまった、自分達は神ではないと言う事を。

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らせんの檻 初月・龍尖 @uituki

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