EX5 だって好きだから
「い、いくぞ……見るぞ……」
「う、うん……」
期末考査が終わりを告げ、それから一週間後。
結果は一緒に見ようということで、俺は受け取った成績表をその場では見ずに鞄に押し込むと、そのまま2人で藍葉さんの家へと向かった。
そして部屋に入るなりテーブルに並ぶようにして座り、今に至る。
決して手応えがなかった訳ではない、何せ俺は藍葉さんと付き合う前から多少脱線することはあっても勉学を怠ることはなかったのだから。
家でもほぼ毎日復習はしていたし、小テストの点数も今や赤点を脱する回数も増えた、勉強が前より楽しい気持ちだって芽生えてきてはいる。
後はそれがどれだけ藍葉さんの気持ちに応えられているか――そう思うと緊張が走り、成績表を捲る手が震えるのだった。
「せーの――…………はいっ!」
しかしいつまでもそうしてはいられないので、俺は覚悟を決めると勢いよく裏向けにしていた成績表を開き、右下に表示されている順位へと目をやる。
どうやら藍葉さんも気が気ではなかったようで、彼女も開かれた瞬間前のめりになって順位の書かれた欄にぐっと顔を寄せてきた。
「――――――――354人中…………301位」
それは、間違いなく快挙ではあった。
今までダントツの最下位であった俺が長谷高生を53人も抜いたのである。それも出来ない脳をフル回転させ、たった数ヶ月という期間で。
だからここは喜ぶべきなのである、ガッツポーズを決め、藍葉さんに感謝の意を込め固く握手をする場面なのである。
なのに、最初に出てきた言葉は、無念の思いから来るものだった。
「……ごめんみーちゃん、300位、超えられなくて」
折角全力を出したのだから、何としても300位は超えたかった。帰ってきたテストの点数から最下位じゃないのは分かっていたのだし。
なのに、あと一歩及ばず。
正直水着なんかより、俺は藍葉さんの願いを叶えたかったのに――
「――――むっ」
だが、そんな落ち込んだ俺の姿に気づいたのか分からないが、突如藍葉さんがぎゅっと俺の身体を抱き締めてきた。
「……みーちゃん」
「さとくん凄いよ! だって最下位じゃないんだよ? 長谷高生の中で53人より良い点数を取ってるんだよ? これはさとくんの努力の成果だよ!」
「それは……そうだけど、でも――」
「でもじゃない。というか私の300位以上、って言葉なら気にしなくていいから、あれは何ていうか……ちょっと気の迷いみたいな所もあるし」
まあ、確かにエロ本バレからの収拾をつける意味合いもあったとは思うが……でもその順位は俺自身も目標にしていたものだし、何より彼女も達成出来ると思ったからこそ口にしたのだと思っている。
だからそれを達成出来なかったのは、やっぱり悔しい気持ちが大きい。
しかし、そんな顔をするなと言わんばかりに、藍葉さんはさっきりよりもぐっと強く抱きしめてきた。
「私はさとくんが頑張ってきたことを誰よりも知ってるから。だから超えられなかったくらいで努力まで無駄だったみたいな顔はして欲しくない、大体それなら私だって勉強の教え方が悪かったと思ってるし」
「いやそれは絶対にない。みーちゃんの教え方が分かりやすかったからこれだけ順位が上がったんだし、塾なら下手すれば最下位から変わってないまである」
「じゃあもっと喜んで欲しい、だって私は凄く嬉しいから」
「――!」
そう言って笑顔をみせ、上目遣いで俺のことを見てくる藍葉さんに、ショックから一転恥ずかしさがぐっと上回った俺はつい目を背けてしまう。
(藍葉さん……狡いんだよなぁ)
少女漫画愛読が関係しているのか分からないが、恋仲になってからの彼女はとかく男心を擽るのが上手い、決して嘘ではないのは分かっているが、一挙一動が俺を絶対にマイナスの感情にはさせてくれないのである。
まあでも――実際俺だけが落ち込んでいても仕方はないよな。
「というか、落ち込んでいる暇なんてないんだよ?」
「え?」
「だってさ、これから順位は上がっていく一方なんだから、こんなの所詮は通過点、最終的には二桁まで行って、一緒に同じ大学に合格するんだからね?」
「あ――そっか、よく考えたらそこまで行かないといけないのか」
つまりそれは、未来にはもっと大きな幸せが待っているということ。
だのに、こんな所で足踏みをしている場合ではどう考えてもない。寧ろこれを糧に、さらなる成長をしなければならないだろう。
「うん――そうだよな。ありがとうみーちゃん、励ましてくれて」
「私はさとくんの彼女なんだからこれくらい当たり前。それに夏休みは一杯遊ぶつもりなのに、引きずって貰ったら困るしね」
「あー、それは間違いない」
「まー残念ながら水着姿を見せることは叶わなかったけど」
「うぐ……それは約束だからな……」
「でも頑張ったことは事実だからさ、何もご褒美をあげないのは違うと思うんだよね――だからさ、ちょっと立ってみてくれる?」
「?」
その点に関しては俺も男ゆえ、少し残念な気持ちはあったが、すっと身体から離れた藍葉さんが急にそう言い出すので、俺達はその場から立ち上がる。
何かプレゼントでもくれるのだろうか――? と思いながら、俺は少し首を傾げつつ目の前にいる藍葉さんを見ていると。
次の瞬間。
「!」
頭の中で何をされたのか理解した頃には、俺と藍葉さんの唇は重なっていた。
それは数秒程度の短い時間。
だがこれ程記憶に残る数秒はきっと後にも先にもないだろう。
「えへへ……最下位脱出おめでとう」
「こ……これは水着姿よりも何倍もご褒美だと思うのは気の所為か……?」
「え? い、いやだって……さとくんとしたかったんだもん。でも言うのはちょっと恥ずかしかったから、丁度いい口実が出来たなーって」
「全く、みーちゃんには敵わない……悪いが無茶苦茶好きになったからな」
「それは私だってそうだから」
「あれ? じゃあ何の問題もないのか」
「まあ一層好きになることに悪いことはないからね」
「そりゃそうだ」
本当に馬鹿馬鹿しい話ではあるが、どうやら俺も藍葉さんも、何かにつけて伝え合わないと気がすまない性分らしく、照れながらもそう言って笑い合う。
まあでも、お互いがそう想い合っているのなら、これからも――
「みーちゃん」
「うん」
「これからもずっと好きでいさせて下さい」
「私の方こそずっと好きでいさせて下さい」
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