EX4 みーちゃんご乱心

「…………」


 この日、初めて藍葉さんが俺の家に来ていた。


 というか、正確に言うと俺の部屋に女性が来ること自体が初めてだった。


 昨日彼女から『期末考査の追い込みをかけない?』と提案された為、色んな勉強場所の候補を上げていたのだが、最終的に『さとくんの家に行きたい』と言われたことが決定打となり今に至っている。


(し、しかし)


 俺の部屋で勉強をしている彼女を見れば見るほど、俺はみるみるうちに落ち着きという落ち着きを失ってしまっていた。


 何というか、言い方はアレだが自分の恥部を晒しているかのような気分になるのだ。部屋の掃除は徹底的にしたし、家族がいない時間帯を狙って呼んでもいるのだが、それでも藍葉さんの所作一つ一つが俺の注意を散漫にさせてくる。


(見られて疚しいものはない……筈、あるとすればパソコンぐらいだが、ちゃんとロックはかけているし――)


「ねえ、さっきからキョロキョロしてどうしたの?」

「えっ!? い、いや、俺の部屋に藍葉さんがいるのが嬉しくて――」


「あっ! もう……2人だけの時はちゃんとあの名前で呼ぶ約束でしょ」

「あ、そ、そうだったな、ごめんみーちゃん」


「うんよろしい、さとくん」


 そう言って満足げに笑う藍葉さんに、俺は胸を射抜かれそうになった。


 いや可愛過ぎんか藍葉さん? 男臭い俺の部屋が御花畑に変わりそうな勢いなんですけど? というかそろそろ理性を失いそうなんだが?


 最早こんな状況で勉強しろという方が殺生なのだが、それでも何とか振り払おうとしていると藍葉さんが冷静な口調でこう言い始めた。


「でもさ――さとくんには本当に今回の期末は頑張って欲しいから」

「それは……」


「別に順位に拘って欲しい訳じゃないの、100位を超えろなんて言わないし、何なら最下位でもいい。ただどんな結果だったとしても、『頑張って良かったな』って思ってくれる点数になれば、それはきっと次に繋がる自信になる筈だから」

「……うん」


「というかね、私はさとくんの嫌な思い出が、『あんなこともあったな』って笑って言えるものになって欲しいの。私が言うのもなんだけど、長谷高で後悔しない時間を過ごして欲しいから、その為なら私は幾らでも教えるつもり」


 だからもうひと踏ん張り、勉強頑張ろ? と散漫だった俺を叱咤してくれた彼女に、俺は自分を恥じると共に彼女の想いを無駄にしてはいけないと戒めた。


「何というか……そんな大事なことを忘れるくらい、みーちゃんと一緒にいる時間が幸せで、ちょっと浮かれてしまってたな」


「まあ私だって浮かれまくってるけどね。でもほら、ここを乗り切ればその先にあるのは浮かれまくっていい夏休みだから」


「夏休みか――」


 例年なら暑さから逃れ自室で課題もせずダラダラ過ごす日々だったが、今年は藍葉さんと色んな場所に繰り出すことが出来る。


 花火や祭りで彼女の浴衣姿を見れるのは最高だろう、しかし何より――


「水着……」

「えっ?」


「みーちゃんの水着姿は絶対に見たい、これを見ずして死ぬわけにはいかない」

「無茶苦茶はっきり言うんだね……」


 今まで直接言葉にはしてこなかったが、こう見えても藍葉さんはかなりスタイルがいい、しかもふくよかなモノもお持ちになられているし……。


 いつしか麻沙美ちゃん(というか黄土さん)に『男という生き物は』というお言葉を頂いたことがあるが……今この場ではっきり申し上げさせて貰おう。


 男というのは、藍葉さんの水着姿が見たい生き物なのである。


「でもこんな下心を見せるのはみーちゃんにだけだから」

「もー、勉強に集中しよって言ったばっかりなのに――ふーむ……でもさとくんにそう言われるのは意外に悪くない気分――あっ」


 意外にも気を良くした藍葉さんはそう言ってシャーペンを回すのだったが、勢い余って飛んでいってしまい、スコンと机と本棚の隙間へ入ってしまう。


「ご、ごめん」

「いや全然気にしなくていいんだけど、取れそうか?」


「うん、多分そんなに奥には入って無さそうだから――あ、でも何か邪魔して……ちょっとどけるね」


 すると藍葉さんは隙間から埃の被った雑誌を引きずり出したのだが――それをみた瞬間、俺は脳内がブルースクリーンに陥った。


「ん……? 『テストで良い点を取ったらご褒美あげるからね☆ ~落ちこぼれ生徒と天才家庭教師のイケナイ備忘録~』」


「…………」


 うっわ……そういえば昔そんなの買った記憶あったわ……いつの間にか消えてて親に捨てられたのかと思ってたが、まさかそんな所に落ちてたとは。


 しかもよりにもよって何でそんな色んな意味でタイムリーなものを……いや過去の自分がこの未来を予期などしている筈もないのだが、こんなありそうでなさそうな展開で彼女に俺の癖がバレてしまうなんて……。


 だがこうなってしまうと最早言い訳も糞もない、故に俺は腹を決めて彼女の次の言葉を待っていたのだが――


 妙に顔を赤くしながらも、くっと真剣な表情を俺に向けてきた藍葉さんは、雑誌を突き出しこう言い出すのであった。


「さっ、さとくんがお望みとあらば、点数次第ではっ!」


「い、いやいや! 嬉しくないと言えば嘘になるけども、そういうのはご褒美にすべきじゃないというか、少なくとも今じゃないと思うぞ!」


「え――? で、でもこのシチュエーションが好きなんでしょ?」

「アリとは思ってるけども! でもそれ買ったの結構前の話だから、みーちゃんと出会ってからそういうのに目覚めたとかじゃないから!」


「? あ……ホントだ……3年前――」


 エロ本がバレて焦るべきなのは俺な筈なのに、何故俺が藍葉さんを落ち着かせているんだという気がするが、日付を見た彼女はようやく少し冷静になる。


「え、えっと……な、なんかごめんね……私早とちりしちゃって」

「まあこれ以上ないくらい気持ちは有り難いんだけどね」


 正直藍葉さんが言ってるんだからいいじゃないのか? ぐらい揺れ動いてはいたが……しかし俺の場合、多分その原動力を制御しきれずテスト中も妄想が捗って最下位になる未来しか見えなかったので断腸の思いで固辞した。


 お陰でまだ勉強もそんなにしていないのに既に疲れ果ててしまったが――だが踏み込んだ話をしてしまった手前、彼女は引っ込みがつかなくなったのだろうか。


 依然恥ずかしそうな表情を見せてはいたが、今度はこう提案するのだった。




「じゃあ300位以上になったら、私の水着姿、さとくんだけに見せてあげる」

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