EX3 子供だから……ね?
「隣のクラスの友達が彼氏と別れちゃったみたいでさ」
その日、俺と藍葉さんは黄土さんに頼まれ麻沙美ちゃんを学校まで迎えに行き、家まで送り届けるという任務を遂行していた。
どうも黄土さんの母親が実家を留守にしているらしく、黄土さん自身も締め切りが近い為すぐに迎えに行けないとかで、俺達に白羽の矢が立ったのである。
とはいえ、大分信用されてるなぁと思わなくもないが、麻沙美ちゃんと遊ぶのは俺も藍葉さんも好きなので、こちらこそ是非という話になったのだ。
因みに麻沙美ちゃんは無敵モードにご満悦でふんふんと鼻を鳴らしている。
「そうなのか、まあ良い話ではないけど、中々難しいことだよな」
「そう言いたい所なんだけど、これ関しては私は別れて正解だと思ってて」
「ふうん? それは何でまた」
「その彼氏っていうのがバスケ部なんだけど、二股してたんだって」
「ふたまたですか」
高校生の身分で随分なプレイボーイがいたもんだなと、俺は感心すらしそうになったのが、当人からすれば是非もなく許せない話だろう。
まあ俺からすれば藍葉さん以上の人など考えられないので、若干他人事のように聞こえてしまう話ではあるのだが――
「でもそれがもう一人の彼女にもバレたらしくてさ、そしたらそこから友達とその子が結託してその彼氏に一泡吹かせようって話になったみたいで」
「おおう、二人共敵に回してしまったのか」
「それで、そのバスケ部の彼氏はレギュラーだったらしいんだけど――2人がやったことが3年生の引退を賭けた大会の会場に行って、試合中彼から見える位置に別れて座って、ずっと睨みつけてたっていうね」
「……そりゃ恐ろしい」
女の恨みは怖いとはよく言ったものだが、そんなことをされたら試合など到底集中など出来なかっただろう、ボールをロストしまくる姿が目に浮かぶようだ。
しかもバスケに青春を注いだ先輩方の御前で、安易なミスなど許されないに決まっているというのに……間違いなく彼はその日で全てを失ったに違いない。
「実に見事な欲に塗れた男の末路だな」
「いんがおーほーというやつですね」
「麻沙美ちゃん難しい言葉をよく知ってるね」
「『くろーんぶら』のきめぜりふなので、『らびっしゅ』たちがじぶんたちのさくにおぼれたときにいつもいっています」
「『哀れならびっしゅ共め、因果応報だな』」
「まったくですね」
と、俺は麻沙美ちゃんの前に鍵に付けた『くろーんぶら』を見せ物真似すると、麻沙美ちゃんもご機嫌そうに『しろねーじゅ』を見せそう答える。
すると、そんな様子を見た藍葉さんが微笑みながらこう口を開いた。
「紫垣くんと麻沙美ちゃんは本当に仲良しさんなんだねー」
「とうぜんです、なにせしょうらいをやくそくしたかんけいですので」
「…………ん?」
「え?」
「?」
まさかの唐突な爆弾発言に、一瞬表情が固まる藍葉さんに対し唖然とする俺。
そして何がおかしいのかと言わんばかりの表情を見せる麻沙美ちゃん。
い、いや待て待て、若干語弊はあるものの、何を慌てる必要があるのだ。これはあくまで純粋な子供の口から出た台詞ではないか。
謂わば『パパとけっこんする』と同じと言ってもいい常套句、故に何も焦る必要などない、焦る方がどうかしていると言ってもいい。
――のだが、あんな会話があった手前、妙な危機感が俺を責め立ててくる。
「えーっと……もしかして麻沙美ちゃんは紫垣お兄さんと結婚の約束をしたの?」
「はい。この『しろねーじゅ』と『くろーんぶら』がこんやくゆびわです」
「えっ」
わお、とんでもないこと言ってるんですけど? 話が飛躍とかそんなレベルじゃない方向まで行ってるんですけど? というかあれってそういう意味だったの?
しかし麻沙美ちゃんを前に、はっきりと否定してしまう訳にもいかない、だが藍葉さんには誤解を解く必要があるし……ど、どうしたら――
というか、まさかとは思うが黄土さんの入れ知恵じゃないよな……?
「ふーむなるほど……まさか紫垣くんと麻沙美ちゃんがそんなただならぬ関係だったなんてねえ……これは一本取られたなー」
「いや、何というかこれはですね……」
少なくとも笑っているようには見えない藍葉さんの横目に、俺は焦りばかりが加速ししどろもどろになってしまう。
故に流石に怒ってはないですよね? と視線で訴えかけていたのだが、藍葉さんは座り込んで麻沙美ちゃんに視線を合わせると、こんなことを言い始めた。
「ねえ麻沙美ちゃん、私もその将来を約束した関係に混ぜて欲しいなー」
「? ……うれしいおはなしではありますが、にほんはいっぷいっさいですので、おねえさんをまぜるのはむつかしいとおもいますが」
「んー、でもさ、仲良しさんが多い方がもっと嬉しいと思わない?」
「ふむ……たしかにそれはまちがっていないきがしますが」
「因みに麻沙美ちゃんは毎日でも食べたいくらい好きな食べ物はある?」
「……? はんばーぐならむげんにたべれるとおもいますが」
「丁度良かった! 実は私得意料理がハンバーグなんだよね」
「それはじんつうりきといってもいいすばらしいわざですね」
「だから、私を入れてくれたら毎日ハンバーグが食べれるよ? どう?」
「!」
その言葉に明らかに目の色が変わった麻沙美ちゃん。確かに子供の人生において好きな食べ物というのは非常に大きなウエイトを占めている。
つまりどういうことかと言えば、彼女はそこを突くことで麻沙美ちゃんの牙城を崩しにかかった訳である。
流石は藍葉さん……子供の扱いに長け過ぎている。
「――……めだまやきとちーずも乗せていいですか?」
「モチロン、デミグラスソースもたっぷりかけてね」
「――! これはルールをまもっているばあいではないかもしれませんね」
「やったー嬉しい! ありがとう麻沙美ちゃん」
結果無血開城された麻沙美ちゃんは、あっさりと藍葉さんを迎え入れてしまう。何なら既に頭の中はハンバーグで一杯になっていそうだった。
(しかも……)
この様子だと藍葉さんは、あくまで子供の純粋さから来た言葉だと分かっていたのだろう――ただ、何処かで俺と藍葉さんが恋仲であると気づかれた時の為に、こうやって予防線を張っておいたのだ。
あまりの強かさに驚嘆すらしそうになる、恐るべし藍葉美遊。
「ありがとう藍葉さん、上手く話をしてくれて」
「まあまあ、幾ら何でも私もそれぐらいは分かるからね、でも――」
俺は麻沙美ちゃんには聞こえない声でそう感謝を告げる。すると藍葉さんはふっと笑ってそう答えてくれたのだが――
次の瞬間すっと顔が冷静になったかと思うと、ゆっくりと俺の耳元まで顔を近づけ、こう言うのだった。
「もし大きくなっても同じことを言った時は、知らないけどね」
「!? お、俺は藍葉さん一筋ですからね……?」
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