EX1 (これでも祝福しています)

「これはどうかな――うーん……やっぱりちょっと派手かも」


 私は自室にある鏡の前で、洋服を胸に当ててはあーでもないこーでもないと言いながら服装選びに迷っていた。


「昔からお洒落気は遣っているし、私服姿も見せたことあるのになぁ……」


 というのも、実は今日は紫垣くんとの初デートだった。


 いや正確に言えば今まで何十回と二人で会っているし、何ならデートらしいこともしてきてはいるんだけど、そこは恋人同士という意味で。


 ただ不思議なもので『恋人』という言葉が付いた瞬間異常なまでに緊張してしまい、あれだけ普通にしていたことが出来なくなってしまっていたのだ。


 いつも通りでいいのにと思う自分と、少しでも可愛く見られたいと思う自分とのせめぎ合い、考えれば考えるほど答えのない迷路の奥深くへと入っていく。


「メイクはやり過ぎてない……でも眉毛はもうちょっと描いた方がいいかな――あ、ちょっと髪の毛跳ねて……あーもう! 全然決まんない!」


「ねー美遊、あの漫画の最新刊読んだなら貸して欲しいんだけど」


「……実紗姉はいいよね、万年彼氏がいないから自堕落でいられて」

「開口一番そんな酷いことを言える妹にお育ちになられましたか」


 間違いなくさっさと決められない自分が悪いのだけれど、何の気もなしに部屋に入ってきた実紗姉に、私はつい八つ当たりをしてしまった。


 けど、いなしの天才と言ってもいい私の姉は一切顔色を変えることなくそう返答してくると、そのまま部屋の中へと入ってきた。


「最新刊は本棚にあるから自分で取って、今私忙しいから」

「へいへい――にしても随分と真剣におめかししてるもんだね。えーっと紫垣くんだっけ? もしかしてあの子とでも付き合ったの」


「……残念ながら実紗姉に伝えるべき話は一つもないから」

「かーっ、何て冷たい妹だこと……こちとら日々BLで自分を慰めてるっていうのに、あんたはリアルの男とちんちんかもかもですか」


「そういう言葉遣いがモテない要因だと肝に銘じるべきだと思うよ」

「うるさいばーかばーか」


 全く怒ってるようには思えないトーンでそう実紗姉は抵抗してくると、そのまま本棚へと向かい、目当ての単行本を手に取る。


 はあ、何とか帰ってくれそう、と私は心の中で溜息を付きながら、今一度髪型のチェックをしようと鏡に視線を戻した――


 のだが、鏡越しに何やら実紗姉が薄気味悪い笑みを浮かべていることに気づく。


 まずい……これはタダで起きるつもりがない時の顔だ。


「ところでさ、紫垣くんとはもうキッスはしたの?」

「はっ!? な、何言って――大体紫垣くんって言った覚えはないんだけど」


「うわ顔あっか。いやーやっぱり美遊って昔から隠し事が苦手だねえ、もうそれは紫垣くんと付き合ってるし、無茶苦茶キスしたいって言ってるようなもんだよ」


「! うぐぐ……そんなことは……」


 完全に実紗姉のペースに持っていかれた私は、何とか主導権を取り戻そうとしたけど、紫垣くんとのき、キスの妄想がぐんぐん膨らみ邪魔し始める。


 いや、したいかしたいかで言えばしたいけど……あれ、それだと選択肢がしたいしかないじゃん、でもしたくないという選択肢はあり得ないし……何ならこうグッと抱き寄せられて、ちょっと大胆にされても――


「いや、それより――……」

「ふっ……どうやら血は争えないようね。何せ藍葉家は自分に都合の良い妄想してる時が一番気持ちよくなれる一族なのだから」


「あー――……って! 危ない危ない! 危うく実紗姉の術中に嵌る所だった」

「いやどう考えても手遅れだけどね」


「と、兎に角! 何があっても邪魔だけはしないでよね! 付いてきたりなんてしたら本当に承知しないから!」


「いやいや、流石に私もそんな節操のない真似はしませんよ」

「どうだか」


「でも――そんなに髪型を気にしていたら、折角のデートの時間も自分の姿ばかり気にすることになるでしょ、それならこうやって――」

「えっ、ちょ、ちょっと」


 すると実紗姉が今度は何やら私の後ろ髪を触って毛束を作ると、ヘアピンを使って慣れた手付きで髪を留めてくれる。


 もしかしてイタズラでもしているのかと瞬疑っていると――髪留めされた自分の姿を鏡で見て「あっ」と声を上げてしまった。


「――結構いいかも」

「これなら一々髪を触る必要もないし、意外にお洒落に見えるでしょ? んでもって、ニットスカートにこのカーディガンを着れば――」


「ホントだ、かわいい」


 まさかお洒落に無頓着な筈の実紗姉からベストなコーディネートをして貰えるとは思っておらず、私は少し驚いてしまう。


 でも、これなら紫垣くんにも可愛いって言って貰えるかもしれない――そう思うと少し高揚感が溢れてきてしまった。


「――実紗姉ありがとう、でも何でしてくれたの?」


「そりゃあね、私だって妹にめでたいことがあれば祝福ぐらいはするってことよ、だから後は何も気にせず、思いっきり楽しんでらっしゃいな」


「み、実紗姉……」


「でも抱かれたいならこっちのエロい服の方がオススメだけどね?」


「っ~! もう! 後は私で何とか出来るからもう帰って!」

「ひゃー怖い怖い、でもキスしたかどうかぐらいは教えてよ」


「絶対教えないから!」


 一瞬心動かされそうになったけど、結局最後の最後まで私をからかい続ける実紗姉を私は手の甲を見せてしっしっとしながら追い返した。


 そして扉をバタンと閉めた所で、ふう! と怒り混じりの息を吐く。


「全く実紗姉は! 油断も隙もありゃしない……――」


 そう言いながら私はベッドに散乱するかのように置いていた服を片付ける。


 ……しかし、実紗姉が『エロい』と形容した服に手をかけた時、無意識の内にふっとイメージが湧き上がってしまうのだった。




「そ、その時が来たら着てみてもいいかもね――」

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