第37話 ありがとう→

「もうさぁ、あれから面倒臭いのなんのって言ったらないんだけど」


 倫はそう言ってだらしなく腰掛けると、ギシギシと私の椅子を鳴らす。


 ここ最近では紫垣くん以外入れた人はいない私の部屋に倫と翠が来ており、特に何をするでもなくダラダラと過ごしていた。


 だけどその光景は、妙に居心地のいい感覚があった。


「私はあそこまでする必要はないって言ったんだけどねえ、でも倫が『美遊が求めた幸せなら、それは本物でないといけない』っていうから」


「だとしても偽りを掴んでまで私の幸せの為とするのは違う気がするけどね――サッカー部の主将さん、流石に気の毒だと思うけど」


「いやいや美遊のことはあくまで要因の一つみたいなもんだから、それに本気で嫌いだったら幾ら何でも付き合ってないって」


「よっ、ほっ――えーと、何だっけ? 彼氏さんが引退試合で勇姿を見せたいから、ここ最近練習もずっと呼ばれてたんだっけ」


「そうそう。私サッカー興味ないのに毎日見に来てくれって言われて、しかも主将なのに私に見せる為に独り善がりなプレイしてたら、そりゃウンザリするでしょ」


「相当舞い上がったんだろうねえ先輩も」


 だとしてもチームとして良くないし、だったら別れるのがベストだったってことよ、アイツの為にもね、と倫は天井を見上げながら言うのだった。


「――でも、そういうことは二度としないで欲しいし、ちゃんと言葉で言ってよね、変な自己犠牲されたって、分かんないんじゃどうにも出来ないんだから」


「……それはごめん」

「まあまあ。その結果が今禊になって帰ってきてるんだからいいんじゃないの? ――あーくそコイツ、マジで躱すの巧過ぎなんだけど」


 少し反省した表情を見せた倫に対し、翠が愉快そうに笑ってそう言う、因みに彼女は私の部屋にあるゲーム機でFPSをしていた。


「だとしても美遊が埋まって私が空いたからって毎日告白されるかね? これだから盛りのついた男ってのは安易に考え過ぎで嫌になる」


「集られたこともない私の前でよくそんな不幸自慢を言えたもんですな」

「翠は集られもしないのに理想だけは一丁前に高いからどうにもならないの」


「ムキー! 言わせておけば……あー! しかも負けちゃったし! もう!」


 ぷんすかと怒る翠を見て私と倫はクスクスと笑う、何だか久しくこんな風に笑っていなかったなと思った私は、それを大事にしたい意味を込めてこう言った。


「倫も、翠もありがとうね、本当は迷惑ばかりかけてたのに、相談に乗ってくれたり、後押しもしてくれたりして、その――」


 溢れ出す気持ちを抑えることが出来ず、うまく言葉を紡ぎ出せないでいると、ぱっと目を見合わせた二人は、ふっと笑って私の方を見た。


「何いってんの」

「迷惑なんてかけられたこと一度もないんですけど?」

「大体さ、私達親友なんだから当たり前のことしただけじゃん」


「倫……翠……」


「それよりさ! 紫垣くんとはどんな感じな訳よ?」

「えっ? いや、まだ私達付き合ったばかりだから……」


「既に長谷高一のバカップルという噂もあるけど、その辺はどうお考えで?」

「そんなこと言われて……? ちょ……二人共顔が近――」


「ちょっと紫垣くんの話をしただけで顔が真っ赤とか初心過ぎませんかね?」

「全く、これだから恋愛経験の浅い女は困るわ」


「もー! 二人共からかわないでよ!」


       ◯


「この度は、本当に色々とありがとうございました」


 俺は黄土さんの家を尋ねると、前と同じリビングに案内され、ソファに腰を下ろした所で開口一番にそう伝え頭を下げた。


「私は特別何かした訳じゃないわよ、ただゴールテープが目の前にあるのに、二人がずっと足踏みをしているから『早く切りなさい』と言っただけ」


「そうかもしれませんが、ですがどう伝え、誰に伝えるべきかを指南してくれたのは黄土さんですから、黄土さんがいなかったらきっと失敗していた筈ですし」


 実際、白井さんのプレッシャーは凄まじいものだった。もし意思を伝える覚悟を持たずにあの場に臨んでいたら、俺はしどろもどろになっていたに違いない。


 そうなれば、挽回不能の事態になっていたことだろう。


「――ま、私も大概もどかしい恋愛ばかりを描く漫画家だけれど、現実くらいそういうのは無くてもいいんじゃないと思って後押ししただけだから」


「ありがとうございます――ですが、よく白井さんが重要と分かりましたね」

「まあ、核心があった訳ではないけど、仲の良い女の子同士っていうのは良くも悪くも距離が近過ぎる時があるから」


 そういう場合は、当人じゃない方から切り崩した方が案外上手くいくこともあるのよ、と言うと黄土さんはずずりと紅茶を啜った。


「流石は『世の女性の代弁者』虎野先生、と言うべきですかね」

「その通称は恥ずかしいから止めて頂戴、ただの女のカンよ――それに本当に大変なのはこれからなんだから」


「え?」

「学生の恋愛は付き合って少し経った頃が一番危ないのよ? 中途半端に視野が広がり始める時だから、別れる可能性がぐっと上がるんだから」


 その状況は頭で分かっていても、感情的にどうにもならなかったりするから、もしその時が来たら今一度自分を見直しなさいと、黄土さんは言うのだった。


「すいませんわざわざアドバイスして下さって――でもそれはつまるところ未来への意思を、意思だけで終わらせてはいけないということですよね」


「あら、よく分かってるじゃない。ま、虎野鶇の読者ならそれぐらい分かってて貰わないと困るけどね」


 と黄土さんは満足そうに頷きソファから立ち上がると、カップを片手に持ってキッチンへと歩き出す。


「…………」


 とはいえ……藍葉さんとこれから始まる日々に、どう足掻いても浮足立ってしまう気持ちは否めない、故に俺は黄土さんの言葉を自分の中で噛み締め、気を引き締めていると――インターフォンらしき音がリビング内に流れた。


「多分麻沙美が帰ってたんじゃないかしら、悪いけどちょっと応対してくれる?」

「あ、はい、分かりました」


 その言葉を受け俺は受話器を手に取り、備え付けられた画面を見ると、確かにそこには制服姿の麻沙美ちゃんの姿が映っていた。


「あ、麻沙美ちゃん、今開けるからちょっと待ってな」

『あれ、おにいさんのこえがします』


『え? 紫垣くん何で黄土さんの家にいるの?』


「あれっ? あ、藍葉さん?」


 俺は藍葉さんに黄土さんの所に行くことを伝えていなかった(というより相談をしていたことも殆ど話していないのだが)ので、画面越しに麻沙美ちゃんと手を繋ぎながら立っている姿に驚いてしまう。


 これは一体どういうことなんだ……? と俺は少し混乱しながら視線を泳がせていると、黄土さんが俺を見ていることに気づく。


「あ、あの……」


「いやねえ、実は今日はちょっと忙しかったから叔母に迎えをお願いしようと思っていたのだけれど、藍葉ちゃんが迎えに行きますって言ってくれて」

「そ、それは――助かる話ではありますが……」


「そしたら今度は紫垣くんが良い報告をしに来てくれるって言うもんだから、私はこう思ったのよ『この手を逃す訳にはいかない』ってね』

「ええと……それはつまり――」


 黄土さんの意地の悪い笑みを見る限り言わんとしているかは大凡予想がついたが、それでも俺は尋ねると、彼女はこう言うのであった。


「私が単に背中を押してあげたと思ったら大間違いってことよ、虎野鶇としてこれ以上無いネタを、貴方達から搾り取らせて貰うから」


「は――はは……お手柔らかに、お願いします……」




 どうやら俺と藍葉さんの恋路は、色んな人達のお陰で二人だけの時の同盟のようにはいかないようだった。有り難いやら、困ったやら……。






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 これにて本編は終了となります、力不足で上手く纏めきれず、拙い内容になってしまった感は否めませんが……ここまで読んで下さった読者の皆様に心から感謝を。


 ――とはいえ、流石に紫垣くんと藍葉さんのカップルになってからのお話を書かない選択肢はないと思いますので、エクストラ編として1話(もしくは2話)完結型で何話か書かせて頂きたいと思います。


 ケーキにグラニュー糖をかける予定なので、楽しんで頂ければ幸いです。

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