第36話 you better

「私って、何にも分かってなかったんだなって今回で思い知った」


 白井さんが牽制をしてくれたお陰なのか、俺と藍葉さんの跡を付けてくる生徒は一人としている様子はなかった。


 通学路から外れている閑静な住宅街を二人並んで宛もなく歩いていく、会話のトーンもいつもと違うといったこともない。


 故に居心地の悪さを抱くことはなかった。


「何でも自分で切り開いてきた自負のせいかな、今にして思うと倫達にも、紫垣くんにも沢山迷惑をかけてきたんだって反省してる」


「それは違うと思う。本当に迷惑だと思われていたら、ここまでして藍葉さんのことを想ったりしないさ、白井さんにも言ったけど、それが優しさから来るものだって皆分かってるんだよ、勿論俺もだけど」


「そうかな――ううん、そうなのかも、ありがとう紫垣くん」


 藍葉さんは小さくはにかむと、そう返事をしてくれた。


 因みに藍葉さんは例の友人(名前は西野翠(にしのみどり)というらしい、今まで知らなくてごめん)と校舎周辺を歩きながら会話をしていたとのことで、校門に戻ってきた所で俺と白井さんの現場に出くわしたのだとか。


 ただ、俺と白井さんの距離は近かったので、本来詳細な会話は聞こえる筈がない、だのに藍葉さんは内容を全て知っていたのであるが――どういうことかと言えば通話状態の電話を西野さんから聞かせられたとのこと。


 要するに、全ては白井さん(と西野さんの)計画通りだった訳である。


「でもさ」


 すると少し頬を膨らませ、不満げな表情になった藍葉さんは視線を上空に向けながらこう言い放つ。


「流石に分かりようがないんだけど! 『私の後ろめたい気持ちを無くす為に好きでもない男と付き合っていた』とか言わないと絶対分からなくない!?」

「流石に俺もそう思う」


「『にこいち』って双子って意味じゃないからね? 言葉を交わさなくても意図が分かるとかそんなテレパシーないから! 寧ろ私からしたら倫のことを考えてより一層ガードの位置が高くなっただけなんですけど!」


 本当にぷりぷりという言葉が相応しいまでに怒る藍葉さんに俺は苦笑しかけるが、本人は至って真剣なので必死で我慢をする。


「まあ……でも白井さんも凄いよ、藍葉さんの頑固さから考えて言っても伝わらないと思ったのかは分からないけど、その結果がどうでもいい男と付き合うなんて相当飛躍した発想だからな」


「それはね――……ただ言われてみるとだけど、倫ってコミュニケーション上手に見えて、意外に愚痴とか不満とか、そういう話に参加はしないんだよね」


「そういう話は苦手――とかいう意味ではないんだろうな」


「多分、私達が気づかなかっただけで、倫はそういうことには黙って寄り添うじゃないけど、こっそり何かをしていたんだとは思う」


 何か気づいたら皆不満を言わなくなっていたしと、藍葉さんは付け足す。


 もしかしたら白井さんは自分の友人が不幸にならないように、問題ない程度のフォローしていたのかもしれない、ただそれが親友でもある藍葉美遊となった時、あり得る範疇を超えてしまったのだろう。


「白井さんは優しいけど、結構不器用なのかもしれないな」

「まあ私も似たようなものだから、だからこそ『にこいち』なんだろうけどね」


 お互いがお互いを想っているからこそ、些細なズレがどんどん大きくなっていき、今度はそれをどうにかしようとして更に広がってしまう。


 結局、どれだけ仲が良くても口にしないと分かりはしないのだ。


 にこいちというのは色んな意味で甘いものではないらしい。


「でも――そんなボタンの掛け違いのお陰と言うのもおかしいけど、それがあったから藍葉さんと出会えたんだから、変な話だ」


「え? あ……そ、それはね――でも手放しで良かったと言えないというか――ああいや! 良かったんだけど、ええと、その、何て言えばいいのかな……」


 確かに俺からすれば良かった以外の何者でもないが、藍葉さんからしたら背景を知ってしまうと言葉が難しいだろう、俺も意地悪な質問をしてしまった。


 ただ、夕日を背景に頬を紅くした藍葉さんは可愛い以外の何者でもなかった。


「…………」

「…………」


 そして起こる暫しの沈黙――正直、これを言わずに帰ることになれば、それは振られたも同然なのだが、流石にそんな雰囲気でないことは分かる。


 故に伝わっていることではあるが、改めて俺は口にすることにした。


「――藍葉さん」

「ちょっと待って」


 しかし、姿勢を正して藍葉さんへと身体を向けた俺に対し、彼女は手のひらを見せて静止しようとしてくる。


 とはいえ俺も今この場での回答以外は求めていなかったので、少し強引にでも言おうとしたのだが、彼女は恥ずかしそうにこう言うのだった。


「紫垣くんばっかりズルいから、私からも言わせて」

「え? ああ……それは、構わないけど」


「あのさ、紫垣くんは私を優しいって言うけど、紫垣くんも大概だからね?」

「へっ? いや……そんな自覚はなかったけども」


「だとしたら紫垣くんはとんだ無自覚藍葉たらしだよ」

「藍葉たらしとな……?」


「私はね、お姉ちゃん相手にゲームでムキになってた時に、紫垣くんが代わりに倒してくれた時から、核心はなかったけど損得感情無しに優しい人なんだなとは思ってた。その次は一緒にホラー映画を見た時、私が紫垣くんの顔を見てたら大丈夫とか言ったのが悪いんだけど、でも紫垣くんも怖がりな筈なのに、自分のことは置いて私を優先してくれた、別に帰る選択をしても良かったのにさ」


 前者はともかく、後者に関しては割と事故に近いものがあるのでそう言われるのは罪悪感に近いものがあるが……今言う所ではないので黙っておく。


「でもそれぐらいは別に、大したことじゃ――」


「そんなことない――だって紫垣くんは古民家カフェで麻沙美ちゃんを楽しませよう、喜ばせてあげようと一緒に遊んでいたんだから」


 そういうことを大したことないとか、簡単とは言わせないから、と藍葉さん。


「……やっぱり見ていたのか」


「こっそり覗き見するような真似をしたのはごめん……でも私はあれを見たから、紫垣くんとなら結婚してもいいってくらい、好きになったんだから」

「!」


 まさかあんなことで、と思う気持ちは若干あったが、藍葉さんの真剣な目を見る限り決して嘘ではないのだろう。


 だから俺も素直な気持ちを口にした。


「なんか――そう言われると照れるな」

「私は長谷高生のいる前で言われたんだから照れまくりなんだけど」


「そりゃそうか」


 そう言って、俺と藍葉さんはくすくすと笑ってしまった。


 成程、そうなったらもうこれは、自覚するまでの差はあっただけで、結論を言えば『両想い』だったということでいいのだろう。


 ならば、最後に伝えるべき言葉は一つしかない。


「藍葉さん」

「紫垣くん」


 お互い姿勢を正し、見事なまでに声が被る。


 だが俺も、藍葉さんも『そちらからどうぞ』などと言うつもりはなかったので、そういうことならと二人して笑顔を見せると――


 声を揃えてこう言ったのだった。






「好きです、俺と付き合って下さい」

「好きです、私と付き合って下さい」

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