第33話 自信ではなく意思

「貴方達、そんな漫画みたいなことをしていたの?」


 俺はここ最近あった出来事(俺の思いを含めて)全て説明していると、許嫁関係についての話をしていた所で黄土さんがプッと吹き出し笑い始めた。


 因みに麻沙美ちゃんは、母親の膝の上でしろねーじゅを握りしめながら眠っている、どうやら黄土さん曰く『はしゃぐとすぐ疲れてしまう』らしい。


「え、やっぱりおかしかったですかね……?」

「だって普通に考えたらあり得ないじゃないそんなの、悪いけど長谷高生の中で100%信じている子なんて一人もいないと思うわよ」


「う……ですがあまり嘘だと言われることはなかったのですが……」

「あまりに大き過ぎる嘘は時として本当のように聞こえてしまうこともあるから、まあ半信半疑程度っていうのが妥当じゃないかしら」


「そ、それならまあ……」

「ただ私の推測としては、案外嘘でも本当でもどちらでもいいと思っている人それなりにいそうって気がするのよね」


「と、言いますと?」

「にぶちんなのねえ、紫垣くんと藍葉ちゃんなら付き合ってもいいって思ってくれてる人が意外にいるってことよ」


「!」


 その台詞に俺は途端に恥ずかしくなり、紅茶を口にすることでそれを誤魔化す、言われてみれば否定どころか肯定されていた気はするけども……。


「ですが藍葉さんならともかく、俺がそういう風に思われる気がしないのですが、その……俺は長谷高ではあまり目立つ存在ではないので」


「あらそうなの? でも当たり前の話だけれど、人間相手の内面を判断出来ないなら外見や想像でしか判断の出来ない生き物よね?」


「? それはそうだと思いますが」

「貴方、自分が思っている以上に平常時の顔、怖いわよ? 人を寄せ付けないオーラが出ているとでも言うべきかしら」


「え、ほ、本当ですか?」


 確かに目つきは人に比べると悪い自覚はあったが、自分の顔だからだろうか、そんな近寄りがたいまでのレベルとは思ってもいなかった。


「ただその風貌が意外と女の子には受けたりするのよねえ……ほら、少女漫画でもそういうキャラって高確率でいるでしょ?」


「た、確かに……でもお言葉ですが、俺はそういうキャラと違って中身が伴っていないので、周囲にそう言われても、という部分があるのですが」


 寧ろ自分にそんなイメージを持たれていたことが不要なプレッシャーすら感じさせてくる、何せ俺は自分の情けない所を隠していただけなのだから。


 しかしそれに対して黄土さんは首を横に振ると、俺の目をしっかりと見据え、少し語気を強めてこう言うのだった。


「ならそんなの関係ないぐらいの、藍葉ちゃんに見合う男になってみせなさい」

「――!」


「私は紫垣くんの姿を見た時、一歩を踏み出そうとしているように見えたわ、それが藍葉ちゃんに対することなのだということも、でもそのきっかけとなる自信がない、だから尋ねてきた、違う?」

「……全くその通りです」


「それはきっと過去の自分がそうさせているのでしょう。私もその気持は分かるから、でもね、自信は誰かから貰うものではないのよ」


 鋭い指摘に俺は言葉を失う。

 確かに俺は藍葉さんがそうしてくれたように、彼女を支える存在になりたいと思っている、だがそれが出来るだけのバックボーンを備えていないのだ。


 故に視線が徐々に膝へと落ちかけてしまうのだが、ふっと笑みを見せた黄土さんはこうも続けるのであった。


「ただ――私は紫垣くんが全く自信を持っていないとは思っていないの、だから大切なことはしっかりと『意思』持つことね」

「意思を……?」


「例えば『幸せにするので結婚して下さい!』という男の人は、本当に彼女のことを幸せにし続けるだけの自信があると思う?」

「それは……何とも言えないですね、その言葉に嘘はないと思いますが」


「そうね、そんなことを口にしたって実際は喧嘩もするし、最悪の場合は離婚することもある、失敗する可能性は往々にしてあるものよね」

「ですが、そういう台詞を言う人は多い気がしますけど」


「それはその時に確固たる自信は無かったとしても、強い意思はあるからよ。きっと苦労や困難が待ち受けているかもしれないけど、それを乗り越えて幸せにしたいという未来への意思――だから極端な話自信は無くてもいいの、意思を持つことで自信を作り上げていけばいいのだから」

「…………」


「だから紫垣くんに今必要なのは意思を言葉にして、行動で示していく、それが藍葉ちゃん攻略への武器よ」

「それは――藍葉さんに届きますかね」


「届かなかったらこんなこと言わないわ」


 黄土さんの言葉に、嘘であるようには思えなかった。


「…………」


 俺は、藍葉さんと交流をするようになった時から、淡い恋心のようなものは持っていた、安易なものだがやはり彼女は可愛かったから。


 だがその関係性が深まっていくにつれて、理由はそれだけではなくなっていった、優しいのに頑固な所とか、妙に話が合ったりする所とか、いつも気にかけてくれる所とか、上げればキリがない程に、彼女は魅力で溢れていた。


 でもそんな気持ちを最初からずっと、何処か言い訳をして誤魔化す自分がいたのだ。彼女を助けたいと思う気持ちすら詭弁が混じっている程に。


 それはきっと、自分の学校生活に色を塗ってくれた彼女を困らせたくなかったからではなく、単純にこの時間が終わりたくなかったからなのかもしれない。


 人生で一番幸せである、同盟という名の時間を。


「……黄土さん」

「なに?」


「何で人は、異性と一緒になりたいとか、付き合いたいとか思うんでしょうね、友達のままでいた方が良いかもしれないこともあるのに」

「そんなの、付き合う方がもっと幸せだからじゃないかしら?」


「人間は贅沢な生き物ですね」

「そういうものよ、それに生存本能とか少女漫画家の私が言ってもね」


 そりゃそうだと、俺と黄土さんは苦笑する。


「――分かりました。なら俺が今思う気持ち、その上での未来への意思、全てを藍葉さんに伝えて、そして行動にしたいと思います」


「うん、頑張ってね。もしそれで駄目だったら私も加勢してあげるわ」

「それは頼もしいですね」


「でしょ? あ、ただもう1つ大事なことが――」

「?」


 と、黄土さんはぽんと手を叩いてそう言ったので、俺は緊張をほぐす意味でカップに伸びていた手をすっと離して黄土さんに視線を戻す。




「その紫垣くんの意思を、藍葉ちゃん以外にもう一人伝える必要があるのよ、それが攻略へのもう1つの鍵になるわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る