第34話 ラスボスとの邂逅

「何事においてもだけど、全ての人が認めるなんてことはあり得ないの」


 俺は、あの日の黄土さんとの会話を思い返していた。


「仮にどれだけ多くの人がその作品を素晴らしいと言っていたとしても、必ず『そんなことはない』『いやあれは酷いものだ』と言う人が出てくる」

「……黄土さんも、言われたことがあるんですか?」


「勿論あるわ、駆け出しの頃についついエゴサーチなんかしちゃって、ショックで数日は凹んだこともあるくらい。でもそれは仕方のないことなのよ、人の意見、捉え方は千差万別なのだし、あって当然なことだから」

「ですが、嫌なものは嫌ですよね」


 誰だって批判されることは気分がいいものではない。だとしても結局は気にしないようにするしかないとは思うが、難しいのは事実な筈。


「それはそうね。でも不思議なものでファンが増えて肯定的な意見が過半数を超えると気にならなくなってくるのよ、逆を言えば否定的な意見が多い、もしくは同じくらいだと苦しい時間が続いてしまうわね」

「では努力を続ければ認めてもらえるようになる、ということでしょうか」


「まあ勿論努力はしたのだけれど、でも私は運が良い所もあって――」


 そう黄土さんは前置きすると、本題はこっちと言わんばりにこう口にした。


「実は寸評が的確だけど厳しいで有名な、批評家のインフルエンサーがいるのだけれど、その人が私の作品を褒めてくれたのよ」

「影響力のある人が宣伝をしてくれた、ということですか」


「そういうこと、そこから否定的な意見はぐっと減って、見違えるように売上が伸びたわ、こんなに変わることがあるんだと私も驚いたぐらい」

「成程……しかし、それとこれとでは話が違うような気がしますが」


「それがそうでもないのよ――例えばだけど、非力な人間が一人で多勢に立ち向かってもまず勝ち目はないわよね?」

「まあ……始まる前から雌雄が決してる気がしますね」


「だったら、わざわざそんな所に行かずに、その中で一番影響力を持つ人間の懐に入ってしまえば、無勢を変えることが出来ると思わない?」


「確かに――まさかそれが白井倫であると?」


「そう。その子を認めさせてしまえば、藍葉ちゃんを阻むものは無くなるわ」


 言う通り『シラアイ』コンビ片割れである白井倫は、長谷高において強い影響力を持つ存在ではある、実際彼女の言うことは多くの人が従うだろう。


 だが藍葉さんは白井が好きだった男子からの告白を振っており、それがきっかけでギクシャクした関係になっているらしい。


 実際それが藍葉さんにとって壁を作る要因になっているのは事実。


「……つまり、彼女を抜きにして物事を語る訳にはいかないと」


「そういうこと。仮に白井さんがその件をまだ根に持っていたのだとしたら、彼女は貴方達の関係を否定する側にいる筈、そうなったらいくら貴方の意思を伝えても、藍葉ちゃんは息苦しいだけになるでしょ?」


「それは良くないですね……ですが、現実的にあり得るんですか? 藍葉さんの思い込みが過ぎている可能性もある訳ですし」


「だから白井さんの真意を知る為にも紫垣くんの意思を伝える必要があるの、女の恨みは一生モノだから、絶対無いとは言い切れないわ」


 でも、そこで白井さんを取り入れれば全ての状況はクリアされる、だからこれは紫垣くんにとって正念場なのよと、そう黄土さんは言い残したのだった。


「…………」


 確かに、いくら藍葉さんを好きなのだとしても、困らせる結果になるのは俺も本意ではない――ならば絶対にやらなければいけないだろう。


 ただ、そんなことを急に白井倫に伝える訳にもいかないので、どうするべきかと俺は朝からずっと考え続けていたのである。


「…………!」


 だがそれは、唐突に終わりを告げることになる。


 というのも、先に古民家カフェへと向かおうと学校を出た際に、校門の中央付近で白井倫が仁王立ちで待っていたからである。


「…………」


 それはどう見ても異質な光景で、下校する生徒の注目の的でしかない。


 だが視線は明らかに俺の方を向いており、そのまま無視して横切ろうものなら引き倒されるんじゃないかという威圧感があった。


 故に、自然と声が出る。


「白井さん――」

「同じクラスだけど話をしたことなかったよね確か、まあ美遊とは色々やってはいるみたいだけど、何だっけ? 許嫁?」


「あ、ああ……それは――」

「あれ、どうせ嘘なんでしょ?」


 ミドルヘア、というよりはショートボブに近い黒髪に、目尻の上がった凛とした美しい顔、そして風で髪とスカートが靡く姿は恐ろしいまでに様になっている。


 そして何より、言い訳無用、結論だけを言えと言わんばかりの物言いに、俺は直感的に彼女に嘘をついても無駄だと思い知らされた。


 ならば俺も、物怖じしている場合ではない。


「……確かに、白井さんの言う通り許嫁関係は嘘だ」


『おいおい、許嫁って嘘だったのか……』

『でもじゃあ……そうなるとどうなるの?』

『た、確かに……じゃあどうなっているんだ?』


 その瞬間やはり噂は広まっていたのか、周囲にいた(主に同学年の)生徒が驚きにも似た声を口々に上げ始める。


 まあ無理もない、俺の発言は疑惑に対する真実を言っただけなのだから。


 しかし、当の白井倫は顔色も、身じろぎも一つ変える気配はなく、先程と変わらぬ様子で口を開いた。


「まあ、そうだろうね。でもそうなるとさ、何でそんなよく分からない遠回しな嘘をついていたのかってことになるんだけど」

「だよな……」


 当然そう返答されるのは予想していたし、何なら周囲も『白井よ、よくぞ代弁してくれた!』と言わんばかりの視線が降り注いでくる。


 正直こんな所で踏み込んだ話などしたくなかったが、俺を公開処刑にするぐらいの気持ちがなければそもそも彼女はこんな所にいない筈。


 そうなれば、やはり黄土さんの言う通り、彼女は反対派なのだろうか。


「まあでも、考えられるとしたら一つしかないよね『美遊と紫垣は付き合っているのを隠している』それしか考えられないけど」


「……いや、俺と藍葉さんは付き合ってはいないんだ」


「いや、そう言いたい気持ちは分かるけど、流石に無理が――」


「でも」


 と、俺は白井倫の言葉を遮るようにして少しだけ語気を強めると、視線を彼女の方へと向ける。


 今更恥も外聞もない、あるのは自分の意思を伝えるだけだ。




「俺が藍葉さんのことが好きなのは、紛れもない事実だ」

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