第31話 ズレズレの恋バナ

 ――と。


 何だか昨日の俺はとんでもなく格好つけたことを言っていたような気がしないでもないのだが、一応弁解をさせて欲しい。


 男たるもの、気の知れていない相手にあんな話をされたら、劣等生だろうがなんだろうがイケてる男を演じる外にないのである。


(とはいえ、やってるよな完全に……)


 しかし最早そんな後悔は遅い。それよりも今はそんなこと言った以上、藍葉美遊と付き合うくらいの気持ちで、距離を近づけなければならないのである。


「いや……どうやって?」

「? 紫垣くんどうかしたの?」


「えっ、な、何でもない……」

「?」


 不思議そうな表情を浮かべ俺を見る彼女に視線が泳ぐが、特に気にはならなかったのか藍葉は視線を落とし俺の練習問題の丸付けに戻った。


 安堵した俺はゆっくりと珈琲を啜る、やはり古民家カフェは味が違う。


(……じゃなくて)


 そもそもの話、藍葉美遊は自分の境遇を詳細に話したことは一度もない、あくまで同盟として放課後を一緒に過ごしてきただけなのである。


 つまり現状は浅過ぎず深過ぎず的な関係といってもいい。だのにそこから更に昇華させるというのは少々エクストラモードが過ぎないだろうか。


(というか、今の彼女はどれぐらい恋愛に対して興味があるのだろう)


 いくら白井倫に気を遣っているとはいえ、本人自身があまり恋愛に興味を持っていないのもまた事実ではあるのだ。


 そうなれば、まずはそこから確認しなければ前へ進まない気がする、故に俺は一つ話題を振ろうと、気持ちを入れ替えた。


「そういえば『後輩くん』の最新話読んだよ」

「え! 本当に? あれでも、紫垣くんって単行本じゃなかったっけ?」


「いや、書店に寄ったら月刊誌が置いてあってさ、表紙が『後輩くん』だったものだからこれは買わないと、と思って」


「ほほう、それはいいね。まあかくいう私も購入済みなんだけど――後で黄土さんに伝えておこうかな、喜んでくれそう」

「? 黄土さんと会ったのか?」


「えっ! い、いや、また会えたら伝えたいなって意味でね!」

「? はあ」


 何だかよく分からないが、やけに声を張られて牽制されてしまったので、それ以上は何も訊かずに話を戻すことにする。


「会社のトップなのに頼りない感じだった後輩くんが、的確に指示を出しながら問題を解決し、それに優秀な部下が付いてくる姿は格好いいな」


「そこがギャップなんだよね、まして主人公からしたら後輩くんのことなんて『可愛い後輩が生意気にも会社を立ち上げて』くらいに思ってた訳だから、そこを覆されたらときめくのも無理はないって思う」


「だろうな、それにようやく藍葉さん好みの展開になってきたし」

「いやホント、これからが楽しみでならないよ」


「やっぱり藍葉さんもギャップにはときめくものなのか?」


「んん!?」


 満足そうな笑みを浮かべ珈琲を口にした彼女を見て、俺は入れるならここだと思ったのだが、藍葉さんは目を見開いて珈琲を吹き出しそうになる。


「だ、大丈夫か?」

「んぐぐ――……だ、大丈夫、気管に入りかけただけだから……」


 あくまで恋愛観を訊いただけなので、彼女なら慣れ親しんだものだと思っていたのだが、その割には少し様子がおかしい。


 もしかしてあまりこういうことは訊くべきではないのだろうか。


「悪い、言いたくないなら言わなくていいけど」

「いや、そんなことはないけど……まあでも、普段見せない素敵な一面があると、胸にくるものはあるかな」


「つまり好きになってしまうと」

「ええっ! う、うーん……なる……かな。でも『後輩くん』みたいなことって現実では中々起きないだろうし、経験することはなさそうだけど」


「だが憧れるシチュエーションではあると」

「そ、そうだね……」


 若干目を逸らしつつも、藍葉はそう答える。


 ふむ……確かに『後輩くん』はあくまでフィクションだ、だからこそ最大級のときめきを演出出来ると考えれば、参考にし過ぎるのもよくないか。


 しかし恋愛そのものを完全に拒否している訳ではないと分かったのは好材料である、なら次はより現実的な側面にシフトしてみよう。


「何か紫垣くん、いつにも増して凄みが……」

「藍葉さん」


「はい!」

「? ギャップ以外だと、これはいいなって思う瞬間はあったりするか?」


「ぐっ……そ、それは言わないと駄目……かな……?」

「勿論無理にとは言わない、でも藍葉さんから聞きたいとは思ってる」


「ああ――……わ、分かった……ま、まずは趣味嗜好とか、考え方が合ってると思う瞬間はいいかな、そういう人とは一緒にいたら楽しいし」

「成程、それは俺もいいと思う」


「おおっ……?」


 やはり価値観というのはズレ続けるとストレスになるものだ、相手の考えを受け入れる許容があればいいが、人間である以上中々そうはいかない。


「他には何かあったりは?」

「え? あ、後は……自分じゃなくて人の為に頑張ってる姿を見た瞬間……かな。普段から自分のことばかり考えていそうな人は好きじゃないから」


「成程な、俺もそういう側面はあるから気をつけないと」


「いやいや! 紫垣くんは絶対にないから! 絶対にないない!」


「そうか? そんなことはない筈だけど――」

「無いに決まってるじゃん! だって――――あ……」


 そう言いかけて彼女は急に天を仰ぎだしたので、俺も釣られて上を見るが、そこにはお洒落な電灯が1つぶらさがっているだけであった。


「……? 藍葉さ――」


「はいこれ! 52点なのは凄くいいけど、こことここは初歩的ミスをしてるから今すぐやり直しね! はいスタート!」


「へっ? あ、ああ……ほんとだ、悪い」


 すると今度はずいっと答案用紙を突きつけそう言い出したので、俺はそれを慌てて受け取ると、言わるがまま問題用紙に視線を移した。


「こういう雑談も悪いとは言わないけど、あんまり長くやり過ぎるのも良くないからね! 期末考査も近いんだし! ね!」


「お、おう、そうだな……」


 何だか強引に打ち切られているような気がしないでもないが……しかし思いの外現実的な恋愛にも関心はあると思ってよさそうだ。


 よし。となれば次は――




「もう……何でこんな急に――まさかもう……?」

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