第30話 なら好きになってやる

「美遊と会ったのは1年からなんだけどねー、初めて話した時からこの子はきっと長谷高のアイドルになると思ったんだよね」


 彼女の勢いに押されるような形で近くのファストフード店に入った俺と彼女は自分珈琲を、彼女は炭酸ジュースとチョコパイを注文し席につく。


 彼女の話を聞きながらずずりと啜った珈琲は何とも雑味の効いた味がした、いつもの古民家カフェの珈琲がいかに美味しいかがよく分かる。


「実際そうなった訳だし、見る目があるんだな」

「いやいや誰が見たってそう思うけどね流石に、ただ倫と違ったのはそうである自分を自慢げにはしない点だったんだよね」


「普通は周囲から持て囃されると調子に乗っても不思議じゃない、か」

「そうそう。寧ろ迷惑がってるっていうのかな、露骨にそういうことは絶対言わないけど、ああ嫌なんだろうなっていうのは雰囲気で分かった」


 彼女は恐らくコミュニケーション力が高いのであろう、的確に相手の特徴を見抜き、それに合わせた対応が出来る。


 俺が自然に彼女と話せているのも、きっと彼女の為す技なのかもしれない。


「つまり、藍葉さんの本意と外れて人気になっていくと」

「そういうことだね。でもさ人気者って誰しも一度は憧れるけど、間近で見るとあれは絶対疲れるなと思った、美遊も明らかに壁を増やしていってたし」


 ああいうのも才能が必要なんだなと思ったよと、彼女はチョコパイを齧った。


 そんな言葉を聞いていて、俺はふと藍葉さんが長谷高生を軽視する発言をしていたことを思い出す。


「――長谷高生が皆、同じ顔に見えたんだろうな」

「お、言い得て妙かも。だからだと思うけど、結構最初から美遊は私達以外とは積極的にコミュニケーションは取らなかったよ」


「でもそれだけ聞くと、いくら可愛くても愛想がないと思われそうだな」

「でもそうは見えないでしょ? 結局話しかければ愛想良くはするからね、その辺は上手いのよ美遊は、ただ距離が縮まることがない」


「成程……」


 事情や場所は違えど、長谷高という場所で彼女が俺と同じように疲れていたのだと思うと、何だか妙に他人事とは思えなくなってくる。


 もしかして彼女は、居場所を探していたのだろうか。


「でもそこが美遊のいい所でもあり、悪い所でもあるんだよねえ。やっぱりさ、美遊って根は優しいのよ、思ってても私達の前ですら滅多に悪口は言わないし、友達が困ってたら手を貸すし、基本的にノリも合わせてくれるし」

「そりゃ周囲の好感度は上がることしかないな」


「けどその分ストレスは全部自分で抱え込んで、なのに周りに人が集まってくる、それって優しさが仇になってると思わない?」

「間違いないな。でも分かってたなら言ってあげれば良かったじゃないか」


「いやいや、言ってない訳がないじゃん。でもさー紫垣くんも分かってるんじゃないの? 美遊の超絶頑固なところ」

「あー……そういえばそうだったな」


 頑固一徹モードになると藍葉美遊はテコでも動かない、一言でも要らぬお世話だと言われてしまえばそのまま死ぬまで平行線だろう。


「だが……周りの友人は無理だとしても、白井さんならどうだ? 『シラアイ』コンビと呼ばれるぐらい仲はいい訳だろ」


「確かにあの2人は中学の頃からの仲だからその指摘は尤も、でもそこが美遊が倫に気を使い過ぎているって話に絡んでくるんだよね」


「――……よくよく考えたら、にこいちなのに気を使うって変な話だな」

「だよねー、でも何故それでも美遊は気を使うのか、これ絶対内緒ね――」


 そう言って彼女は俺の耳元に顔を近づけてくるとこう言うのだった。


「どうも倫が好きだった男の子が美遊に告白しちゃったらしくて」


「それは……でも藍葉さんは当然断ったんだろう?」

「そりゃね。でも考えてもみてよ、それって振っても振らなくても倫が良い気分で終わる話だとは思えなくない?」


 そうか? と一瞬言いたくなったが、恐らく彼女は『自分の好きだった人を親友である彼女は振った』が穏便で済むのか? と言いたいのだろう。


 それ対して絶対に大丈夫だとは、俺も言い切ることは出来ない。


 だが誰が悪い訳でもないというのに、空気が淀むというのは常に上手く優しく立ち回ってきた彼女からしたら最悪の気分だろう。


「まあ私も直接聞いた訳じゃないし、そもそもそれで喧嘩したとか、明らかに会話しなくなったとか、そういうのはないんだけどー、ただ付き合いの長さで分かる空気感っていうのかな、それが妙に変わったのは事実なんだよね」


「そりゃ……藍葉さんも何も言えなくなっちゃうし、一層作る壁の高さが酷くなるのは目に見えたことだな」


「そういうこと! でも倫にも彼氏が出来たから、もういいんじゃないかなと思ってたら、更に気を使い出すし……」


 流石にそこまでくると彼女も最早どうしたらいいか分からないのだろう、ヤケクソ気味にジュースを飲み干すと、ふうと息をついた。


「だからさ、そういう状況で紫垣くんという存在が出てきたのは私としても嬉しいワケ、美遊にとって紫垣くんが心安らぐなら、側にいて欲しいなっーて」

「…………ふむ」


 正直、彼女の言い分は理解出来る、仲の良い友人なのに、何も出来ずに経過を見守るだけしか出来ないのはきっと歯痒いだろう。


 それに俺としても――もし藍葉が流れ流れて俺なんかの所に辿り着いてしまったのであれば、彼女の支えになってあげたい。


 ただ問題は彼女がそれを求めているかどうかと言うことと、そして今の関係性でそれが可能なのかということだが――


(……いや違う)


 俺が彼女にとっての幸せを作れる可能性があるなら、その最大限をしてあげるべきだ、脈アリかどうかはこの際どうでもいい。


 大体、彼女を好きになる要素なら、今まで散々見てきたからな。


「――1つ、訊いてもいいか?」

「ん? 何?」


「一人の女の子として答えて欲しいんだが、今までと状況が一切変わらないと仮定して、その関係が友達同士なのと恋人同士なら、どっちの方が幸せだ?」


「へ? ふうむ……そうだね、0:100で恋人同士かな」




「ありがとう。なら破談は撤回の方向で考え直してみるよ」

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