第29話 魚座のラッキーアクション
「英単語帳はこれでよし、古典は――」
その日俺は、モールではなく地元の書店で参考書を漁っていた。
休日ということもありお客は多いが、学生は休日ならモールか梅田の方へと足を運ぶものなので、長谷高生と思しき姿は見受けられない。
正直今の状況では出来る限り長谷高生には会いたくなかった為、どうやらモールの書店に行かなかった俺の判断は正しかったようだ。
(最近は小テストの点数も安定して赤点を脱しつつある――あとは期末考査で最下位を脱出……いや300位からの脱出を――ん?)
そんなことを思いながら歩いていると、雑誌コーナーまで来た所でふと『後輩くん』が表紙になっている月刊誌があることに気づく。
「へえ、黄土さん凄いな――よし、買って帰るかな」
そう呟き俺は手に取ると、パラパラとページを捲り触りだけ読む。
単行本で追っているので内容は当然知らないものだったが、どうにも物語が進展しているらしく、今まであれだけ後輩くんを尻に敷いていた主人公の心境が少し変化しているようであった。
「ふうん……主人公のミスで会社に起こった大事件を、後輩くんが叱咤することなく、必死になって解決へと導いたのか」
主人公の前では不本意とはいえ情けない姿ばかりを晒していた後輩くんだったが、人望の厚さ見せると共に、一人の男として株も上げた訳だ。
認めたくないが認めざるを得ないといった感じの、主人公のツンデレ具合がいい味を出している、これは藍葉美遊も歓喜だろう。
「へー、紫垣くんって少女漫画読むんだ、意外だね」
「!?」
そう思っていると、突如背後から掛けられた声に悲鳴を上げそうになる。
それは先にも述べたように自分を知る長谷高生と会いたくないというのもあったが、それ以上に少女向けの雑誌を読んでいることがバレたことの方が大きい。
何せ不思議なもので男にとってそれは、親にエロいものを所持しているのがバレた時ぐらい羞恥を感じるものなのだから。
故に俺はとてつもない気まずさを覚えながら振り向いたのだが――そこにいたのはツインテールの快活そうな女子だった。
――……ええと、確かこの子は……。
「あ、『後輩くん』って美遊が好きな奴だよね、もしかして勧められた?」
「え、あ、ああ……そう、だな」
「やっぱりねー、美遊ってその漫画激推ししてるからさ、絶対紫垣くんにも勧めるだろうなって思ってた、でも興味持ったなら美遊も一層喜びそうだね」
そうだ、確か藍葉のグループに所属している女子だった筈。だが悲しいかな、俺はクラスメイトの名前など藍葉と白井しか知らないのだ。
とはいえ、そんな彼女に俺は2年になってから一度も話しかけられたことはない筈、それがこうなるということはやはり関係性が周知されているのか――
「ええと……ところで君は何で書店に?」
「え? えっと私はねー……じゃーん、ほら見て、占い特集!」
そう言って満足げな表情で俺に見せられたのは英語で『ガルティーン』と書かれた雑誌、そして指に示された所には『特集! あの超有名占い師が今年の下半期恋愛運を占う!』という文言が書かれていた。
「この占い師TekTakerなんだけど的中率が凄くて今大人気で、特集の記事を書いたって言ってたから買いに来たんだよね」
「は、はあ」
正直俺は去年の正月特番か何かで『射手座の貴方は今年1年最高の運気でしょう!』というのを見てから占いなど欠片も信用していない。
だが、どうやら女子というのはそういうスピリチュアルな類が好きな人種らしい、故に当たんねえよという訳にもいかず生返事をしてしまっていると、彼女はペラペラとページを捲り始めた。
「因みに紫垣くんは何座?」
「因みに……? まあ、俺は射手座だけど……」
「ふむふむ――チッ、私とはあんましか……おっ、でもこれは――」
すると何やら一人でぶつぶつと呟きながら特集らしきページを見つめる彼女だったが、ややあって顔を上げると、こう口にし始める。
「ところで紫垣くん、美遊との許嫁のお話はどんな感じですかな?」
「えっ……そ、そうだな……まあ順調に破談の方向には――」
「何抜けたこと言ってんの! 勿体な過ぎるでしょ!」
「!? いや、ちょ、ここ店内だから――」
「あ、ご、ごめん……一旦外出ようか」
やけに興奮し始めた彼女を俺は宥めると、二人して即座に購入を済ませて店外へと出る、しかしヒートアップした彼女は収まる気配がない。
「いやさ、紫垣くんお分かり? あの『シラアイ』コンビの藍葉美遊だよ? 長谷高生男子なら是が非でも付き合いたいと思うあの美遊なんですけど?」
「言ってることは分かるが……でも本意ではないのに強引にするのは良くないことだろ? それにお互い了承の上で――」
「本意じゃないなら同意にして合意にすればいいじゃない」
「おう……?」
「いやね、私も本当は紫垣くんの言っていることに同調したいんだけど、でも美遊は言ってることとやってることが矛盾してるもんだから」
「矛盾?」
俺達のしていることは無理があったとしても矛盾はしていないと思っていたのだが、その言葉に俺は疑問を抱く。
しかしそれが事実なら、もう少し口裏を上手く合わせないと――と少し焦り覚えていると、彼女は突如ブイサインを見せてきた。
「え、何で急にピース?」
「まず1点、美遊はたとえどんな事情のある相手でも、男子とタイマンで遊んだりはしません、何故なら十中八九言い寄られるから」
「それは……友人とは思って貰えてるとか――」
「そして2点目、美遊は元々男っ気がない子ではあるけど、その要因の1つとして倫に気を使い過ぎてる所があるんですな」
「? 白井さんに……?」
思いがけない名前に俺は疑問符を浮かべたような表情を返したのだが、特にそれを意外の事実という感じではなく口にした彼女は更にこう続ける。
「だからー、美遊が楽しそーに異性の話をすることがまずないワケ、それなのに身近である筈の私にしたということは――」
そう前置きをしつつ彼女は俺の腕を肘でつんつんと小突くと、薄気味悪い笑みを浮かべながら小声でこう言い出したのだった。
「旦那、これは大いに脈アリなんですぜ」
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