第27話 女心と親心

「たまとらにゃんにゃんそらにゃんにゃん――」


 休日の朝、私は柄にもなく口遊みながら最寄りのコンビニに向かっていた。


 他の人が、それこそ翠がどう思うかは分からないけど、でも私にはあの時の紫垣くんがとても素敵に映ったのは事実だった。


 私達みたいな年代の男の子は、その多くが自分を必要以上に格好良く映そうとする、それを悪いとは言わないけど、時々滑稽に見えることがあるのだ。


 スポーツで自分も大したことないのに、独り善がりにいい所ばかり見せようとして、その都度どうだと言わんばかりの顔をする子は好きじゃない。


 テストでいい点数を取って『勉強あんまりしなかったんだよな』と言う子も好きじゃない、長谷高レベルだとそんな天才はいないから。


 立ち振舞から自分はイケているんだと言わんばかりな子も好きじゃない、そういう子に限ってすぐ人を不必要に馬鹿にしたりするから。


「その点紫垣くんは違う」


 そりゃ子供相手だったら高校生でも無視をする人は少ないとは思う。でも人の目につくような場所で、あそこまで全力で遊んであげられる人となると、果たしてどれだけの人数がいるだろうか。


 適当にそれっぽいことを言って最小限に抑えようとしたり、大人しくさせようとする人の方が多いのではないだろうか。


「それも悪いことじゃない、でもそれなら私は紫垣くんの方が好き」


 決して迷惑になるほど煩くしていた訳ではない、でも麻沙美ちゃんを楽しませようとし続ける、そんな姿に少し心が揺らいだ気がした。


 この人が旦那さんだったら幸せな家庭を築けそうだなというくらいには。


「…………ん?」


 そう思いながら私はコンビニへ入ると、お菓子コーナーで見知った女性が買い物かごを右手に商品を選んでいることに気づく。


 その様子を見て私は『やっぱりね』と更にご機嫌になった。


「黄土さん、お久しぶりです」

「え? あら、藍葉ちゃん、お久しぶりね」


「もしかして麻沙美ちゃんのお迎えですか?」

「そうよ、小学生は土曜日も授業があるから、それと祖母の家に――……あ! そういえばまた娘がご迷惑をおかけしたみたいで……」


 はっと思い出したような表情になった黄土さんは、実に申し訳なさそうにそう言って頭を下げたので、私は「いやいや!」と手を横に振った。


「私は今回何もしていませんので、お礼は紫垣くんに――」

「あっ、そうなのね。娘がモールで会った人と遊んでくれたと話していたからてっきりお二人共かと」


「はい。でも実際麻沙美ちゃんとても楽しそうでしたよ、おばあちゃんのお家までずっと紫垣くんの側にいて、別れ際は名残惜しそうにしていた程で」


「麻沙美は好奇心旺盛だけど意外に距離を保つ所があって――だから私もそこまで懐くことは珍しいので驚いていて」


「失礼を承知の上ですが、何か買ってあげたら懐く、とかではなく?」

「あの子は自分が可愛いと何処かで理解していて、自分が頼めば買ってくれると思っている節はあるけど、それは多分懐いているとは言わないのよね」


 ある意味処世術みたいなものかしら、と黄土さん。


 小学生でそれを理解しているのは中々恐ろしいけど……でもその言葉を聞いて私の中には不思議な満足感があった。


「彼に今度お礼をしないと……でも正直ね、私は少し安心しているの」

「? それはまたどうしてですか?」


 黄土さんはささっと買い物を済ませると店外へと歩を進めたので、私はそれを追いかけると、横に並んで一緒に歩き始めた。


「私の夫は単身赴任中でね、月に1回は帰ってくるのだけど、他の子供より家族としての触れ合いが少ないから、色々心配はしていて」

「そうだったんですか」


「私も普段は家にいるし、アシスタントの子達も来てくれるから、一人で寂しいってことはないのだけど……ほら、私って少女漫画家だから」

「全員、女性なんですね」


「それも漫画家志望のね。そうなると娘の世界の中心がそこになってしまうでしょ? 彼女達には感謝してるけど、それは少し歪な筈だから」


 確かに麻沙美ちゃんの性格はちょっと変わっているというか、この親にしてこの子あり、といった感じがあまりしない。


 それは恐らく黄土さんの言う通り普通とは少し違う環境にいるからだと思うけど、でも麻沙美ちゃんの将来を考えるとそれだけでは良くないと思っている。


 だからもっと色んな角度から物事を教えたい、だけど父親は単身赴任で黄土さんは今が一番忙しい漫画家、そのジレンマがあるのだろう。


「ですが……それと紫垣くんが関係あるようには思えないのですが」

「そうかしら? 私は案外、貴方もそうだと思っているのだけど」


「?」


 私は黄土さんの言っている意味が分からず首を傾げる。

 すると彼女はふっと笑みを溢してこう私に言ったのだった


「あんなに興奮しながら、嬉しそうに話をする人に、自分の目で見て決めて出会ったなら、私の娘はちゃんと育っているんだと、そう思ったのよ」


 勿論、私達は私達で、親の責務をちゃんと果たさないといけないけれど、と自戒の念を込めるような口調で黄土さんは付け加えた。


「…………」


 何でだろう。何故か分からないけど、私は彼女の言葉と表情を見て直感的に、この人に今の自分を話してみたいと思った。


 だから漫画家虎野鶫ではなく、黄土裕美さんに対し、こう尋ねたのだった。


「あの――もし良ければどうして難しい世界である漫画家志望でありながら、結婚という選択をしたのか教えて頂けませんか?」

「え?」


「あっ、いえ、ごめんない……急に不躾なことを言ってしまって」

「――ううん、全然いいわよ。じゃあまだお迎えまで時間もあるし――ちょっとそこでお話しましょうか」


 言った後にどう考えても失礼だと気づいた私はすぐに謝罪したのだけど、特に表情を変えずにそう答えてくれた黄土さんはとある場所を指差した。


「――あ」


 するとそこにあったのは、私達が足繁く通っている古民家カフェだった。

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