第26話 ときめいた気がする
「ではストロベリーパイを――あ、はい大丈夫です」
俺は従業員を呼ぶと、麻沙美ちゃんオススメのストロベリーパイを注文した。
どうやら出来たてを提供するとだけあって暫く時間はかかるらしく、俺はそれを了承するとふうと一息ついて麻沙美ちゃんの方を見た。
「わたしのわがままをきいてくださってありがとうございます」
「いやいや俺も食べたいと思ったから頼んだだけだから――ん?」
そう言って頭を下げる麻沙美ちゃんだったが、何やら手元にデフォルメされた猫のような人形を持って一緒にペコリとさせている。
それを見て俺は「おっ」と声を上げた。
「それ、『まじょっこねこ』だな」
「おや、おにいさんごぞんじだったのですか」
「勿論、その子は『とらねーる』だろ?」
「はい、『せーでんき』をあやつるとらねーるです。『らびっしゅ』たちがちくちくいたがってにげるすがたはいつもつうかいです」
『まじょっこねこ』とは所謂子供向けのアニメのことである。
とある家に暮らしている5匹の子猫達にはこの家を守る任務が課せられており、守れなければ世界が消滅するという意外にハードな物語。
それゆえ子猫達には能力が授けられており、それが『まじょっこねこ』に変身することで発動されるのだが、どれも人外的なものではなく身近に起こりうる能力なのがこの作品のミソで、何とも緩いお話なのだ。
その力を使って闘うのが『らびっしゅ』という兎を模したゴミの敵で、飼い主が寝ている間や外出中にゆるゆるなバトルが繰り広げられる。
そして敵を撃退した暁には飼い主に撫でて貰い疲れを癒やすまでが一連の流れ、この作品が今子供の間で大人気なのである。
「麻沙美ちゃんはとらねーるが好きなんだな」
「はい。でもいちばんすきなのは『しろねーじゅ』です、あのりんとしたふぉるむがとてもうつくしくてかっこいいので」
んふーと鼻息を鳴らしながら熱弁を振るう麻沙美ちゃん、しろねーじゅは霜の使い手でらびっしゅをよく滑らせる、5匹がピンチになると現れる子猫だ。
まあその実態はお隣の白猫なのだが、颯爽と登場し助ける姿が大人気。
「ですが、がちゃがちゃを回してもいつもでてきません……しーくれっとらしいのでそもそもかずがすくないらしいですが」
「大体メインじゃないけど人気なキャラはそうなるんだよな……」
しかもキーホルダーとはいえそのサイズの人形のガチャガチャは結構高い、教育上黄土さんも中々回させてはいないだろう。
「ですがたんじょうびはにがつですし、さんたさんもまだきてくれませんので、いまはがんばってあてるしかありません」
「ふうむ――……」
「たまとらにゃんにゃんそらにゃんにゃん、ミーっとないたらチャチャっととーじょー、まじょっこねこはごしゅじんさまにあまえたーい」
「――――ふふふ、まじょっこねこめ、今日こそこの家は我が主のものだー」
「? ……それは――」
麻沙美ちゃんがとらねーじゅを踊らせながらエンディングを歌っている隙に、俺は鞄の中から鍵を取り出すと、そこから2つのキーホルダーを取り外す。
そして定番の台詞と共に、らびっしゅの人形を見せたのだった。
「まさかおにいさんがらびっしゅのてさきだったなんて……」
「いや違うけどね」
実はまじょっこねこは子供だけでなく、その緩さが癒やされるということで若者や大人にも人気なのである。
かくいう俺も早起きしてまで見る程ではないが、昔から録画して見る程度の視聴者ではあり、学校での疲れを癒やして貰っていた。
そういう理由もあり、手軽に買えるガチャグッズは俺も持っていたのである。
「おのれらびっしゅ、なかまがいないときに……くらえ『ぱちぱちぼると』―!」
「ふふふ馬鹿め、いつも痛がってばかりと思うなよー」
麻沙美ちゃんは子供らしくない側面があるので、もし乗ってこなかったら大恥だぞと危惧したが、意外にもノリノリで攻撃をして来てくれホッとする。
そのお陰というのも変だが、まじょっこねこごっこが始まったのだった。
「そ、それは『わごむ』……!」
「ぐふふ、輪ゴムはどんな電気でも吸収してしまう最強の武器なのだ、これでとらねーるの静電気など痛くも痒くもない」
「ぬう……なかなかいいあくやくづらをしてきますね……」
「え? 俺の顔が?」
「すきありー!」
「しまった――いや、甘い! 『わごむしーるど』!」
麻沙美ちゃんのフェイントに危うく引っ掛かりそうになったが、そのまま突っ込んで来たとらねーるの前に俺は輪ゴムを置くと彼女の動きがストップした。
「む、むう……こしゃくな……」
「ふふふ、静電気が使えぬ猫などただの猫、我ららびっしゅの敵ではない」
「まずい……このままではごしゅじんさまのいえが――」
『諦めるのはまだ早いわよとらねーる!』
「? なぜきゅうにうらごえをつかって――……そ、それは……!」
途中途中で冷静な突っ込みを入れる麻沙美ちゃんではあったが、俺の真意に気づいた彼女は目を輝かせながら俺の鞄の上に向かって前のめりになった。
「しろねーじゅ……!」
そう、実はというと俺はしろねーじゅを持っていたのである。
とはいえ本気で回しまくって出した訳ではない、投資も3回くらいのもので、あくまで偶然出てきただけなのである。
『私の『ふろーずんふろあ』で床をつるつるにしてあげるわ』
「しまった……くそっ、滑って輪ゴムが……」
凄まじい羞恥心を抑えながら一人二役をこなし、らびっしゅをすってんころりんと転ばせると、そのまま輪ゴムを指で弾きテーブルの中央まで飛ばす。
それを見た麻沙美ちゃんはとらねーるを動かし「ぱちぱちー!」と言うと、らびっしゅの人形に覆いかぶせたのだった。
「ぐわああああ! くそっ、今日の所は勘弁しておいてやるー!」
そしてらびっしゅは俺の鞄の中へご退場。かくして平穏が戻ったのだった。
「ふうー……やはりしろねーじゅはさいきょうでしたね」
「しろねーじゅが出た回は無敗だからな、まあ出てなくても無敗だけど」
「しかしおにいさんすごいですね、わたしも5かいは回したのに……」
「たまたま運が良かっただけさ、それに本当はもう一つのシークレット『くろーんぶら』が欲しかったんだよな――」
「あのここうののらこねこですか、たしかにあれもかっこいいですね」
「だから、このしろねーじゅは麻沙美ちゃんの遅い誕生日プレゼントってことで」
そう言って俺はしろねーじゅをぺこりとさせ、麻沙美ちゃんに差し出した。
別に人形には魂が宿るとか思うタチではないが、どうせなら本当に欲しいと思っている人の手にあった方がいい気はするのである。
何せあんな輝かしい顔を俺は当てた時にしなかったのだから――ならもっと大切にしてくれそうな彼女に渡した方がしろねーじゅも幸せだろう。
しかし、驚く反面麻沙美ちゃんは首を横に振ったのだった。
「――いえ、それはうけとれません。いくらなんでもずうずうしいです」
「あら、それは一回断りを入れているフリではなく?」
「はい、ちがいます。ほしいのはうそではありませんけど……ですがそこまでしててにいれるのはちがうようなきがしまして」
どうやら流石の麻沙美ちゃんでも後ろめたくなってしまうようだ。まあ、もしかしたら黄土さんを気にしているのかもしれないが。
ふむ、そういうことなら――
「なら麻沙美ちゃんが持っているまじょっこねこと俺のしろねーじゅを交換するのはどうだろう、それなら図々しくはないだろ?」
「まあ、それなら……でもほんとうにいのですか?」
「全然いいよ、でもその代わり大切に可愛がってあげてな」
「――……わかりました。ぜったいにたいせつにしてまいにちなでなでします。ですからその……ありがとうございま――……あ」
と、麻沙美ちゃんからの謝辞を受けようとした時、ふいに彼女の視点が受け取ろうとしたしろねーじゅから向かいの席へと移る。
それに釣られて俺も視線を動かしてしまったのだが、そこにはいつの間にか藍葉美遊が座ってこっちを見ているのだった。
「えっ?」
「あ、おねえさんおひさしぶりです」
「麻沙美ちゃんお久しぶり、今日も元気そうで何よりだね」
「い、いや、藍葉さんいつの間に……というかいつから?」
「え? んー…………ついさっきだよ?」
という割にはやけにニヤニヤとしながらこちらを見ている、何処からどう見ても不敵さの拭えないその表情に俺は嫌な予感がしてくる。
まさか俺と麻沙美ちゃんとのまじょっこねこごっこを見られていたのか……? だとしたら死ぬほど恥ずかしい案件なんだが――
「その……出来ればどの辺りから聞いていたか教えて欲しいんだけども」
「えー? んー……何でだろ、あんまり言いたくない」
「いやその言い方はどう考えても結構最初から――」
「あ、すとろべりーぱいがきました」
「え? 紫垣くんお金ないのに私でも頼まないストロベリーパイ注文したの? 私とはいつも割り勘なのに麻沙美ちゃんには甘いなぁ」
「いや、これは何というか、別に一切疚しいことは――」
「わたしとおにいさんのないしょだったのですが、ばれちゃいましたね」
「まあ、流石に麻沙美ちゃんじゃ買えないからね……」
「はあ。しょうがないなー、じゃあ私もその内緒に混ぜて貰おっかな」
「え? そんな――いや……悪い、マジで助かる」
「いいっていいって、その代わり今度私にまじょっこねこの遊び方教えてね?」
「やっぱり最初から見てやがったか……くそっ!」
「わーやっぱりいいにおい、またおなかがなりそうです」
そんなこんなで。
思いがけない麻沙美ちゃんとの再会と、不覚でしかない藍葉美遊の登場の結果殆ど勉強は進まず、そのまま騒がしい午後の一時が過ぎていったのだった。
それにしても……終始ご機嫌だったな。
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