第24話 策士みどり

「――でね、私も正直迷ったんだけど、結局見ようってことになって」


 翌日。

 私は翠に対して紫垣くんと映画を見たことについて話していた。


「とある村にその昔バブルだったかな? の影響で建てられた今は廃ホテルの所があるんだけど、それがお城みたいで明らかにそぐわない感じでさ――」


 昨日のこのことを彼女に話すのには、主に二つの意味がある。


 一つは私と紫垣くんの許嫁(という体)の関係が本当であると見せるため。

 そしてもう一つは、この内容が翠から見てどう映るかという確認。


 これで紫垣くんは駄目だねと翠に言われたら少しムッとするかもしれないけど、狭めていた視野を広げる為には彼女の意見を参考にすべきではあるから。


「――鏡に人が写って後ろを向いたら誰もいなくて、今度は天井から物音がしたから上を向いてもいなくて、それで恐る恐るもう一回鏡を見ようとしたら鏡じゃなくて目の前に怨霊がいた時は流石に怖かったよね――」

「…………」


「でもそこで紫垣くんの顔を見たらまー紫垣くん顔の方が怖いわけ、この顔なら怨霊も尻尾巻いて逃げるんじゃないかと思ったら可笑しくて――」

「…………ふむ」


「二人で見ると決めたとはいえ一時はどうなるかと思ったけど、でも楽しい時間ではあったかな、流石にこれだけじゃまだ分からない事の方が多いけど――」

「いや、私にはそう思えないね」


「? そ、そうかな……」


 私はあくまでその日あったことを、少しボカしたものの正しく説明したつもりなのに、翠に首を横に振られながらそう言われてしまう。


 なら理由をと言いかけたけど、思った以上に真剣さを崩さない彼女の表情に言葉が出ずにいてしまっていると翠からこう言い出した。


「まずね、出会って間もないのにデートがホラー映画というのがあり得ない」

「え? そんなこともないと思うけど」


 まあ正確に言うと間もない訳ではないから、そう言いたくなるのも分かるけど、映画自体は定番中の定番コースではある筈。


 だから紫垣くんともそれでいこうとなった訳だし……と思っていると、翠が『チッチッチッ』と言いながら人差し指を横に降った。


「美遊だからだからあり得ないと私は言いたいのよ」

「私……だから?」


「ホラー映画とかお化け屋敷というのはね、男の下心が一番垣間見える行為なワケ、意中の相手に腕を組まれて『キャー』と言われたいとか、怖がる彼女を『大丈夫だよ』と言って格好いい所を見せたいとか、そういう意図があるの」

「あー……吊り橋効果って奴か」


「そういうこと、話を聞いていて最初私はそれを疑ったよね。ああ、紫垣くんもやっぱり男の子なんだな、そりゃ『シラアイ』コンビと名高い藍葉美遊とよしなになりたい欲くらいあるよねって」

「んー……まあ」


「でも美遊はそれを受け入れた、ということはその時点で美遊には露骨な下心は見えなかったということになる、まあ流石は紫垣くんではあるけど」

「言う通りそれは見えなかったかな」


 というより、紫垣くんの名誉の為に隠してはいるけど、二人して怖がりまくっていたし……正直下心も糞も無かった気がする。


「じゃあそれだと、私はやっぱり紫垣くんとは友達としての関係性が強いと思っているってことになる気がするけど」

「本来なら、そう言いたい所ではあるけどね」


「?」


 私達としては、そういう印象ならそれはそれで好都合だと思ったのだけど、翠に妙な前置きをされたので首を傾げながら彼女見る。


 すると彼女はこう続けたのだった。


「もし友達止まりなら、美遊はホラー映画なんて絶対見に行かなくない?」


「……あ」


「昔私達4人なら行けるっしょみたいなノリで、有名なお化け屋敷行こうとしたことがあったけど、入口まで来た所で美遊が断固拒否しだしたじゃん」

「1年の時だっけ、そういえばあったね」


「ここまで来たら観念しろみたいに皆言ったけど、走って逃げ出したから結局行けなくて、まあ正直私達も美遊は絶対入らないとは思ってたけど」

「その節は大変失礼致しました」


「1年にクラスメイト集めて遊んだ時も、地元の心霊スポットに行こうってなった瞬間、地べたに胡座かいて『徹底抗戦する』とか言い出したし」

「お恥ずかしい限りです……」


「なのによ、周囲を困らせてでも行かない美遊が、いくら相手が紫垣くんと言えどあっさり入り過ぎでしょうよと、そう私は言いたいのよ」


 ……確かに許嫁関係を周囲に見せる為とはいえ、怖がる紫垣くんの顔が面白いから大丈夫という理由だけで入れたのは自分でも不思議だ。


 同じ怖がりだから? いやそれならお互い行かない選択を即座に考える筈、実際怖いという感情を抱いていたのは事実なんだし。


「…………」

「つまり、美遊は少なからず友達以上の何かを感じていると私は思うワケ」


「友達以上……か……」

「ただ美遊が中々そう思いきれないのも理解は出来る。何故なら2つの問題点を抱えているから」


「2つ?」

「1つは周囲を気にし過ぎなこと。美遊は自分が周囲に抱かれているイメージであろうとし過ぎ、そして2つ目は友達以上と思える確信を得ていないこと」


「なるほど――」


 その翠の指摘が本当に正解かは分からなかったけど、思い当たる節がない訳ではない気がして私は思わず納得してしまう。


 でも翠にそんな観察眼があったなんて思いもしなかった、正直いつもおちゃらけてる印象だったけど、意外と周りを見てるんだ。


 ――実は私って、意外に人を見る目がないのかも。


「ま、前者に関しては使い分けが出来ればいいだけの話なんだけど、後者は美遊がその理由に気付けるかどうかの話だから」

「でも気づくって言われても方法が――」


「何いってんの、簡単じゃんそんなの」

「へ?」



「美遊がこうされたら心ときめくなぁって思うことを、紫垣くんがするかどうか仕掛ければいいだけの話よ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る