第23話 怖いのに怖い

「し、紫垣くんが先に入ってくれると嬉しいんだけどなー……って」

「は、入るけどな、入るつもりしかなかったけどな」


 考えてもみれば、所詮勝手に決めたルーレットに素直に従う必要など全くない訳で、嫌なら別に止めても良かった筈なのだが。


 俺と藍葉は時間もないということで『館呪村』のチケットを購入してしまうと、上映される劇場の入り口まで来てしまったのであった。


 しかし二人して驚くほどにそこからの一歩が踏み出せない、従業員が訝しげな表情を浮かべ劇場内に入っていっても尚状況が変化することはなかった。


「あ……予告始まった」


 すると扉から漏れ聞こえた音に藍葉が反応する、まずい、そうなるとあと15分で映画は始まってしまうということになる。


「いや、上映まであと15分も猶予があると考えることも出来るか……?」

「それは言えてる気がする」


 こころなしか俺の背中を押している藍葉も俺の意見に同意する。


 ならば、この残り時間でこのまま見ずに帰って安寧を得るのか、それともお金を払ってしまったのだから、約1時間半の間恐怖と戦い続け、話の種を勝ち取りに行くのか、その選択権を得ることが出来た訳である。


 ――と、普通ならそうなる所だが、ビビリ散らかしながらも許嫁関係を維持することを念頭に置く二人に、果たしてまともな思考など出来るだろうか。


 答えは否である。


「何とか恐怖を抱かずに見る方法を今の内に考えよう」

「私もそれがいいと思う」


 結果、見ないという選択肢をハナから考えていない俺達は、いかにしてビビらずに見れるかという方法を考え始めた。


「目を瞑って耳を塞いで見るとか」

「それは最早内容が分からないし、もし悲鳴が聞こえた時に怖さが倍増するぞ」


「それは大分宜しくないね……」

「なら『所詮はフィクション』と考えながら見るのはどうだろう」


「言いたいことは分かるけど、それでも怖いから私達は見ないような」

「……ごもっともでしかないな」


 何なら文化祭で生徒が作ったレベルのお化け屋敷すら入りたいと思ったことがないので、そんな奴がフィクションだと鼻で笑える訳がない。


 こうなったらホラーに対して根本から意識を変える必要があるな……。


「そもそも、何故ホラーが怖いと感じるかと言えば『緊張』からの『驚き』だと思うんだよな、つまりそれが消えれば何とかなるとも言える筈」

「まあ……でもそれを打ち消す方法なんて無くない?」


「いや、ショック療法なら可能性がある」

「ああ、嫌なものに無理やり触れることで克服するって奴だね」


「そう、だから試しに俺にホラー画像とか見せてくれないか?」

「えっ……それって私も結果的に見ることにならない……?」


「あ、確かに――じゃあ俺が自分で調べて自分で見てみるとしよう」

「でも無理はしない方が……」


 その通りだが、時間が迫っているのでうかうかしている暇はない、俺は躊躇わずスマホを取り出すと心霊写真的な検索をし、そのまま勢いで画像を閲覧した。


「う…………んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん……」


 いや意味分かんねえよ、何でそんな所に顔が出てきてるんだよ、どうやったらそんな薄気味悪い笑みが出来るんだよ、合成だとしても怖過ぎるだろ。


「え……紫垣くん顔こわっ……」

「え?」


「あっ、な、何でもない、続けて」


 正直こんなので本当に慣れるのかと言いたくなるぐらいに一枚目から萎えまくっている、こんなのが好きな奴の気が本当に知れない。


 だがまずは言い出しっぺが克服しないことには示しがつかない、俺は自分を奮い立たせると次の画像を開いた。


「……ん? 別に何処もおかしな所はないような――……!!」


 これぞまさに緊張と驚きだと言わんばかりに、よくよく見ると写真全体に映る薄い靄みたいなものが、全て人の顔になっている。


 思わず悲鳴を上げそうになったが、寸前の所で堪えた。


「んぎぎぎぎぎ………………」

「んくっ……ぷっ……」


 ふと気づくと藍葉さんが顔を下に向け肩を震わせている……いかん、ここで俺が怖気づいていたら、彼女の恐怖が倍増してしまう。


 しかし既に大分神経をすり減らしてしまっている……もう自分でも分かるぐらい眉間に皺が寄りまくっていたが、最後にもう1枚だけと見ようとした時だった。


「ぶふっ!!」

「うおぁ! ビックリした……! あ、藍葉さん?」


「ご、ごめん……だって紫垣くんの顔意味分かんないだもん」

「は……?」


 突然藍葉が吹き出したので、不意を突かれた俺は思わず声を上げてしまうのだが、当の本人は怖がっているというよりは明らかに笑っている様子だった。


 にしても俺の顔が意味が分からないとは……?


「滅茶苦茶怖がってるのに、顔が怖いからそれが可笑しくて……」

「え、ま、マジか……」


 怖がっている自分の顔なんて鏡で見たことがないので分からなかったが、そんな矛盾しているようで矛盾していない顔をしていたのか……。


 しかし彼女が面白がってくれているならまあ……と思っていると、藍葉美遊が『あっ』と言ってポンと手を叩いた。


「怖くなったら紫垣くんの顔を見れば乗り切れるかも」

「ん? ――なるほど、怖さを面白さで上回るということか」


 よく考えてみれば、テレビでよくある恐怖で芸能人を驚かせるドッキリも、怖がっている姿が面白いから、陽気な雰囲気で実際の怖さを打ち消しているから、嫌だなと思いながら見たことは一度もない。


 確かに……これなら恐怖を抱かずに見ることが出来るかもしれない。


「ただ、その――……」

「ならもう上映まで時間もないし、一か八かこの方法でやってしまおう」


「あ! ちょっと――」


 そう即決即断した俺はいつの間にか静かになっていた劇場に小走りで入る、暗がりの中腰を低くして席を見つけると、着席したと同時に映画が始まったのだった。


「ふう……危なかった」

「…………」


 そういえば、直前で藍葉が何か言おうとしていた気がしたが何だったんだろうか、始まってしまったので今更訊く訳にもいかないが――


「……あ」




 そうか、この方法、俺には全く効果ないじゃん。




『キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!』


「んぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ…………!」


「ぷっ……くくっ……」

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