第22話 っぽいことをする
「一体何がどうなっているんだ……」
「…………」
その日の夕方、現状報告も兼ね俺と藍葉はいつもの古民家カフェに来ていた。
ただここまで事態が変化してしまうと、待ち合わせて行くのは面倒なことになる可能性があったので、事前連絡して現地集合という形を取った。
まあもし尾行されていたらどうにもならないが……一応下校中は周囲を気にしてはいたので恐らく大丈夫だとは思う。
「まさかあんな肯定的な意見をされるなんて予想外でしかない……」
「うーん、そうだねー」
「やっぱり藍葉さんもそんな感じだったのか?」
「うーん、まあねー」
「半信半疑くらいにはなると思っていたのに――いやでも大勢に影響はないか?」
「んー…………」
「……?」
彼女としても決して芳しい状況とは言えないので、もっと焦っているのかと思っていたが、どうにもさっきから反応が鈍い。
それとも一々焦った所で何かが変わるものではないと思っていて、何か良い案を探っているのだろうか。
それなら俺一人慌てている場合ではない……か。
「――取り敢えず、騒ぎが大きくなり過ぎる前に、もう明日にでも破談になったと言った方がいいかもしれない、こんなのが毎日続いたら流石に――」
「ちょっと待って」
するとそれまで窓の外を見ながら生返事をしていた藍葉がふっと俺の方に視線を向けると、手のひらを見せて静止してくる。
「ん? 何かいい案が思いついたのか?」
「いやその……破談にするにはまだ少し早い気がするんだよね」
「? そ、そうか?」
「ほら、許嫁って当人の意思関係なく強制されるものって言ってたじゃん」
「そうだな、元々は政略結婚とか、そういう目的だし」
「で、モールで写真を撮られてから数日しか経ってないよね、何なら破談にするつもりって友達に伝えてからはまだ1日しか経ってない」
「その通りだな」
「なのにそんな複雑な話を、そんなにすぐ破談に出来るものなのかなって」
「んん……?」
ど、どうだろう……でも言われてみればもっと長引いてもおかしくはないようにも思える。そもそも即破談で済んでしまう程度のことなら、一々会わなくても親同士で勝手に終わらせていてもおかしく筈だ。
つまりそうでないまま破談にする、それ即ち勘当ということに。一応それを利用する手もあるが、設定が多過ぎると墓穴を掘るリスクもあるしな……。
「肯定され過ぎるのも問題だが、否定が強くなると別の問題が出るかもしれない」
「そう、だからある程度信憑性を作ることも必要だと思うんだよね」
「要するに許嫁関係らしいことをしてみるってことか?」
「それが私はいいと思う。それでもやっぱり駄目だったということに出来れば、親も渋々了承したとか言い訳が立つし、クラスメイトも信用させ易い筈」
ふむ……長谷高生から返答に困るような追求をされるくらいなら、許嫁らしいことをしておくのは妥当である気がしなくもない。
長期戦は本望ではないが、同盟を維持する為には必要な措置と考えよう。
ただ彼女がそうすべきとは言っているが、負担が掛かり過ぎるのは良くない、それでも人目につかない行動は心掛けるべきだろう。
「よし。なら暫くはその感じでやるとして、周囲から近況を問われた際は日に日に『友達関係なら』という雰囲気に持っていくとしよう」
「それはいいね」
「ただ――」
「ただ?」
「許嫁関係らしいことって、何をすればいいんだ……?」
「…………確かに」
○
「うーん、どれがいいんだろ」
そこから。
許嫁らしいことはまるで思いつかなかったが、少しでも話題作りを増やしていこうと決めた俺と藍葉はモールを訪れていた。
いや……よりにもよって何で発端となった現場に戻ってるんだ、と言われても仕方がない行動なのは分かっている、犯人は現場に戻ってくるじゃあるまいし。
なので、流石に不用意にウィンドウショッピングに興じるつもりはない、目的の場所はモール内にある映画館である。
まあ要するに、許嫁だろうとデートっぽいことはするだろうからまずは定番なことをしておこうという安直な考えだ。
「急に来たから何も決めてなかったしな……」
「紫垣くんは見たい作品とかある?」
「うーむ……」
ライナップを見る限りドラマの劇場版やら外国の映画等があるがどれもご存知ではない、アニメなら知っているのもあるが、追っていない作品も多かった。
「中々これっていうのがないな……」
「ねー……でも早くしないと上映時間が――」
全てが同時に上映される訳ではないが、この時間を逃すと次はレイトショーという作品もあるので、選択肢が多い内に決めてしまい所ではある。
「……よし、ならここは予備知識ゼロで見れるオリジナル作品に絞って、ルーレットで決めるのはどうだろう。これならあれこれと悩む必要がないし、お互いフラットな気持ちで見れるから感想を言い易いかもしれない」
「なるほど、それは面白いかも、じゃあ早速――」
と言うと藍葉がスマホを取り出しルーレットアプリを開いたので、少し急ぎながらお互い一度も見たことがない作品を確認し合って作品名を入れていく。
そして5分もしない内にそれは完成すると、少し満足げな表情を浮かべた藍葉が『えいっ』と一声上げてルーレットをタップした。
小気味よいドラム音の中、ルーレットが回転していく。
「さて、何が出てくるかな……」
「心豊かになれる作品だったらいいんだけどね」
「お、そろそろ来るぞ…………止まった」
「えっと……館呪……村?」
「こ、これは……」
どう見ても心豊かにならなそうなタイトルに俺と藍葉は暫し凍りつく。
「…………」
そしてお互い目を見合わせ、もう一度針の止まった所を確認するが、間違いなくそこには『館呪村(かんのんむら)』と書いてある。
「…………」
何かの間違いだろうと、二人して苦笑いをしながら作品のポスターに視線を送ってみたのだが――
そこには何処からどう見ても不吉そうな館しか描かれていないのであった。
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