第21話 外堀を埋めるアリ派
「…………」
例のモールでの俺と藍葉と麻沙美ちゃんの姿が目撃されて以降、学校内で視線を浴びる機会が増えたような気がしないでもない。
『まさか藍葉さんがな……』
『しかも相手がミカヤンとはな……』
『長谷高の人気どころが藍葉さんを前に敗北し続ける中、じゃあ一体誰になるんだと思われてはいたが――……!』
『! …………』
教室に入るなりピリリとした空気が充満し、普段はもう少し騒がしい筈の教室が一瞬にして静かになる。
そして一挙に注がれる視線もコンマ秒後には散り散りとなり、俺が周囲を見渡した頃には誰も視線を合わせようとはしない。
「…………」
文句の一つでも言ってくれればまだいいのだが、そうもいかないから困る。
(そういえば)
入学当初僅かにいた喋り相手も、妙によそよそしかった気がしないでもない、加えて入学当初に感じたクラスの雰囲気とも何だかよく似ている。
その時は高校生の始まりだし、そんなものかと思っていたが……。
しかしハブられているとか、そういうのとは恐らく違うのは何となく分かる。
そもそも本当にそうなら何故今更という話であるし、何なら視線すら浴びていなかった今までの方がよっぽどハブられていると言える。
(しかしこれでは落ち着きようがない)
もし藍葉から周囲に説明された許嫁関係が広まりを見せているのなら、何とか早く収束へと持っていきたい所である。
まさか劣等感を覚えていたあの日々の方が穏やかに思える日が来るとは……何とも皮肉な話である。
とはいえ、その責務を彼女に課す形になるのは忍びないので、俺にも何か出来ることがあればいいのだが……。
「……どうしたものか」
しかしそんな呟きにすら妙に反応する生徒に、俺は溜息が出そうになった。
○
クラスだけではなく、廊下を歩いていてもこの雰囲気は収まる気配がない。
『許嫁って本当なんだろうか――』
『藍葉さんがそう言ってるらしいんだが……』
『しかし彼女は断るつもりだとかいう噂も聞いたぞ』
『いや俺は紫垣と意外に気が合っていると聞いて――』
『野球部のエースからの告白すら振ったというあの藍葉さんが……』
『だが女はスポーツより喧嘩が強い男の方が好きとも言うし――うっ!』
何やらヒソヒソと話し声が聞こえたので振り向けば、俺の視線に気づいた男子生徒が驚いた表情を見せその場から去っていく。
……やはり『シラアイ』コンビに起きる出来事は長谷高ニュースのトップ項目を総嘗めするのか。頭の中では分かっていても、藍葉美遊が2年においてどれだけの影響力を持っているのか改めて思い知る。
『あ、紫垣くんちょっと――』
すると今度は階段に差し掛かった所で、長谷高生では藍葉以外に呼ばれることがまずない俺の苗字が聞こえてくる。
だがそれは何処か聞き覚えのある声であり、正直あまり反応したくなかったのだが、やはり無視する訳にはいかず振り向くと――そこにいたのは以前藍葉美遊と付き合ってる疑惑かけられた女子生徒二人であった。
「ああ……この前の――」
『そ、その……付き合っていませんがやはり許嫁関係だったんですね』
許嫁をやはりと予想する人は絶対いない気がするが突っ込まないでおく。
だが彼女から感じる不穏な圧力に、俺は一歩退きそうになる。
何せ彼女達には藍葉と二人でいる所は『後輩の見間違いだろう』ということにしてしまっているので、嘘だとはバレてしまっているのだ。
だがここは藍葉と取り決めた許嫁設定に則って話すのが一番だろう、嘘に嘘を上塗りするのはリスクがあるが、四の五の言ってる場合ではない。
「いや、騙すつもりは無かったんだが、出来ればあることないことが飛び交う前に終えた方がいいと思ってな、それで――」
『藍葉さんを気遣ってあげたんですね、とても優しいと思います』
「まあそういう……へ?」
厳しい追求をされるのは覚悟の上だったのだが、何故か妙な返事が帰ってくる。
や、優しい……とは。
『正直、とても迷惑なことを言ってしまってすいませんでした……』
『私も人には事情があるのに憶測で物言ってごめんなさい』
「え? いや……こ、こちらこそ……?」
『婚前契約も済ましていないのに、身勝手なことは言えませんもんね』
『でもさ、藍葉さんと付き合うのはもう決まってるんだよね?』
「!? な、何か話が……」
『あの藍葉さんなので、正式にお付き合いすることになったら何か言われるかもしれませんけど……でも紫垣さんを応援していますので!』
『まあ紫垣なら一人で何とかしちゃうと思うけど』
おいちょっと待て、何がどうなっている……あくまで俺と藍葉は許嫁だけどそれは破棄するという体で話を進めているのに、何故そのままゴールインする予定だと思われてしまっているんだ……。
どう考えても噂が飛躍して広まっている、訂正しなければ――
「その、実は――」
『アリ派の私としては若干悔しい気持ちもありますが――』
「蟻……?」
『あ、いや、その! と、兎に角! 私達は味方みたいなものですから!』
『付き合うからには長谷高一のお似合いカップル目指してよね』
「いや、そうじゃなくて――」
「あ、もう時間。それでは失礼します――あ、私
「私は
「あ、ちょっと待――!」
以前とはまるで真逆の展開で、言うだけのこと言ってすたこらと階段を駆け下りていった二人を、俺は追いかけられずに立ち尽くす。
「これはどう考えてもまずいぞ……」
このままでは嘘を嘘のまま終わらせるつもりが、嘘を本当のこととして過ごさないといけない羽目になってしまう。こ、こんな筈では――
しかもそうなれば迷惑がかかるのは藍葉に……早く何とかしないと……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます