第20話 嘘+勘違い=

「――ていう経緯があってさ、私もビックリだったんだけど」


 翌日。

 私は昨日紫垣くんと話をして決めた例の設定を友達に説明していた。


 ただいきなり皆の前で話すと混乱を招く気がしたので、画像を送ってくれた子から最初に、一緒にトイレに行った際に切り出すことに。


 とはいえ、説明すればするほど本当に大丈夫なのかなという気がしてくる、突然の許嫁もそうだけど、それが同じ学校のクラスメイトって……。


「それで話をする為にモールに行ってた感じで――あ、子供は紫垣くんのお孫さんでね、可愛いでしょ」

『…………』


「まあそれでお互い話をしてみたんだけど、そんな昔の風習をいきなり持ち出されても困るってことになって、破談にはなりそうなんだけど……」

『…………』


 話をしている間、友達はずっと無言で聞いていたので、私もどんどん自信が無くなり、声のトーンが落ちていく。


 や、やっぱり無理があったかな……でも駄目だった時の代案なんてないし、このまま押し切るしか――


 すると話を聞いていた友達がパッと顔を上げたので私は思わず身構えてしまうのだが、彼女は真剣な表情でこう言い出したのだった。


『いや、それはちょっと勿体ないと思う』

「へっ?」


『え? だってあの紫垣悟くんだよね?』

「そ、そうだけど……」


 想定していたのとまるで違う返答に、私は明らかに動揺した感じになる。

 も、勿体ない……とは?


『雰囲気が怖くて近寄りがたくて、長谷高なんてクソ喰らえって感じの孤高さが最近密かに人気を呼んでるあの紫垣くんなんだよね?』

「……あ」


 その言葉を聞いて、私は一つ大事なことを忘れていたことに気づいた。


 実は紫垣くんに対するクラスメイトの評価は二極化されているのだ。


 一つは親が凄いコネを持っていて裏口入学した(冗談の側面もあるけど)だけで、勉強もスポーツも出来ない落ちこぼれである説。

 そしてもう一つは勉強もスポーツでも何でもこなせる天才肌だけど、それを見せつけるのはダサいから孤高を気取っている説。


 ただどちらも共通しているのは『長谷高にはいない怖さ』があるから誰も核心を突いたことは訊けなかったこと、ただ紫垣くんの怖さはヤンチャだとか、そういうのとはまた違う雰囲気があるのは事実。


 まあ実際は話せばそんなことは一切ないのだけど、クラスでは全くといっていいほど口を効かないので仕方がない気はする。


 少し前に勇気を振り絞って紫垣くんに話しかけたという人がいたとは聞いたけど、途中から怖さが勝って何も言えなくなったらしいし。


 因みに私は不快で嫌だけど、前者の説だと思っている生徒は通称『見かけ通りのヤンキー』略して『ミカヤン』と陰で呼んでいる。


『実は私紫垣くんはアリ派なんだよね。寡黙ながら強さと優しさを兼ね備えている顔をしてるというか、それでこの写真でしょ? やっぱりと思ったよね』


 しかし彼女のように後者の説と思っている生徒からは密かに推されていたりする、噂だけが独り歩きをしてとんでもないことにはなっているけど……。


 ただそういう周囲の評を紫垣くんに言う意味がないと思っていたし、彼と仲良くなるにつれ、大した興味が無かったので忘れていたのだった。


『でもそんな漫画みたいな話が本当にあるなんて素敵だなぁ』

「え、あ……そ、そう?」


 まあ、本当にフィクションなんだけどね……。

 もしかしたら伝えるべき人を間違えたかもしれない……絶対的に否定はされたくなかったけど、まさかここまで肯定されるなんて……。


『正直紫垣くんなら全然アリ。ほら、美遊に言い寄る男って下心が丸出しの奴ばっかりじゃん、それに実際迷惑してた訳だし』

「そ、それは……そうだけど」


『その点紫垣くんは凄いね、この藍葉美遊を前にして『関係も深くないのに許嫁などと言われたら藍葉さんが困るだろう、ここは俺から断りを入れといてやる』なんて中々言えたもんじゃないよ』

「いやそんなことまで言ってないんだけど……」


 彼女の中でどんどん紫垣くんが美化されていく、まさかこんなことになるとは露にも思わず、何が正解なのか分からなくなり始める。


「で、でもさ、許嫁なんて時代でもないのも事実だから、そのまま了承してしまうのも何か違うというか……」

『因みにそれはいつ頃迄に、とかは決まってるの?』


「え? えーと……大学を卒業したら……かな」


 そこまで設定を練っていなかったので、私は大体これぐらいだろうという目安を伝えると、彼女は『まだ時間あるじゃん』と言ってきた。


『なら私は色々話をしてみるべきだと思うね、遊んでみてもいいし、もっと紫垣くんを知る努力をしてからでも遅くない筈』

「知る努力――」


『大体美遊もダサい男に囲まれて辟易して、すぐ断っちゃう癖が付いてる気はするよ? 友達関係っていうのは楽だけど女を殺すからね』

「女を……」


『試しに壁を一旦取っ払ってみて、好きになったらそれでいいじゃん、ならなきゃそれもまた良し、少なくとも私は倫の彼氏よりはいいと思――』

「…………」


 多分、私は長谷高の中で紫垣くんのことを一番知っている。

 でも真の意味で彼のことをどれだけ理解しているかと言われればどうだろう、知った気になっていたりはしないだろうか。

 同盟を盾にして、そういうことにしていないだろうか。


 最初から全ての可能性を、自分から閉ざしてはいないだろうか。


『――まあ、美遊がそこまで嫌っていうなら私に紹介してくれても――』

「ありがとうみどり、少し考え直してみようと思う」


「お、ちょっとはいいアドバイスになった?」

「うん、翠に話してみて正解だったかも――……?」


「? 美遊?」


 …………あれ?


 なんかそれっぽい感じ納得しちゃったけど、よく考えたら趣旨がズレまくってるし、この道の最適解って紫垣くんと付き合うってことにならない……?

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