第19話 許嫁関係(?)

「弱った」

「弱ったな……」


 翌日の放課後。

 俺と藍葉は二人揃って古民家カフェで頭を抱えていた。


「何でこうなるんだろうな……」

「まあ、長谷高生に限らず皆この手の話は好きだから」


 話は少し前に遡る。


 その日俺は学校にていつもと変わらぬ時間を過ごしていたのだが、昼食を終えトイレから戻ってきた際、藍葉達のグループの様子が少しおかしいことに気づく。


『――って話を聞いたんだけど』

「え? 本当に?」


『うん、私も流石に冗談とは思ってるんだけど』

「いやいや、あり得ないでしょそれは」

「倫」


『でも3人くらい目撃情報があったらしいから……』

「それは誰が言っていたの?」


『ええと、2組のめぐりんとのやっち、あと5組のサッカー部の――』

「浅田?」


『そうそう、スポーツショップに寄った帰りに見たって』

「いやーどうかなそれ、浅田って結構嘘つきだからね、ライバル減らす為に一番可能性のない奴使って吹聴してるかもよ」


『じゃあめぐりん達は?』

「見間違いじゃない? 近くで見たとかじゃないんでしょ?」


『そこまでは聞いてないけど……』

「大体状況が訳分かんないし、ねえ美遊」


「えっ? う、うんそうだね――」


 トーンを落として話をしていたので正直詳しく言っていることは分からなかったが、藍葉の表情から大凡の判断はつく。


 しかし、白井倫のあのカラっとした態度を見ていると、そこまで心配する必要もなさそうだなと。


 そう思っていた矢先に藍葉に届いた画像がこれであった。


「俺と藍葉と……麻沙美ちゃんがベンチに座っている所か」

「麻沙美ちゃんが食べてる所、可愛いんだけどね」


 バターサンドをボロボロとこぼさないよう上を向いて食べる姿は実に可愛さに溢れているが、無論そんな場合ではない。

 まあ……ある意味で彼女の抱える告白問題が落ち着くのは間違いないが。


「こうなってしまうと、既に広まっていると考えていいのだろうか」

「私の周囲の経験則で言ったら、親しい友人は皆知ってるかも」


「となれば明日にはちょっとした騒ぎになってもおかしくないな」

「そのまま『ただの友達です』で済ませられないのかな」


「それで『ああそうなんだ』と信用して貰えそうか?」

「うーん……難しい気もする」


 これが学校で普段から話をしている平々凡々な男女なら、さして話題にもならないし、なっても友達と言って否定は出来ただろう。


 しかし片方は2学年であれば知らない者はいないレベルの藍葉美遊と、凡庸ですらない無名の男となれば、真実を語ってもまるで信憑性がない。


 正直俺自身はどうなっても構わないというか、そもそも積極的に追求してくる奴もいない気がするが、藍葉となればそうはいかないだろう。


「……一旦、『放課後ぼっち同盟』を解消した方がいいかもしれない」

「え?」

「要はこの一回きりだった、という風にしてしまえばいいんだ。麻沙美ちゃんは俺の親戚の子供という体にして、子供が可愛いから藍葉が話しかけたと、ただそれだけとして後は暫く話さないようにすれば自然と熱りは冷める筈、それなら――」


「それは絶対駄目」


 我ながら名案だったと思うのだが、にべもなく藍葉から却下されてしまう。


「……一人でないといけない状態になるからか?」

「分かってるならそういうことは言わないで」


「あくまで一時的な措置だし仕方ないと思うが、俺だって分かっていてそうなるなら別に何も思ったりしないぞ」


「それなら嘘でも付き合ってるって言った方がマシ」


 ……また随分と大きく出てきたものだな。

 腕を組んで頬を膨らませている所を見るとちょっと拗ねてるまである。頑固一徹モードに入った藍葉は決して折れる気はないのだろう。


 俺の立場が言うのもなんだが、少し優しさの度が過ぎている気がしないでもない、考え方が柔軟でないとでも言うべきか。


 まあしかし、そこまで言うなら俺が折れない訳にはいかんだろう。


「――分かった。次から発言には気をつける」

「分かれば宜しい」


「しかしならどうする? 俺と藍葉が実は話をする関係であり、且つ付き合っている訳ではないと思わせる方法なんて、早々思いつかないぞ」

「まあ……そこなんだよね」


 大体そんな都合のいいものがあるなら今更こんな悩んでなどいない。

 しかし藍葉が拘る『放課後ぼっち同盟』を可能な限り崩さないようにするにはベターな方法を探るしかないだろう。


「……あ」


 そう思っていると、藍葉が声をあげて何かを考え始める、俺は疑問符が浮かんだものの黙って様子を見ていたのだが、暫くするとこう切り出した。


「実は許嫁だったっていうのはどうかな?」

「…………は?」


 突拍子もない藍葉の提案に俺は思わず『マジで言ってんのか』と言いそうになるが、それを言う前に更に藍葉が発言した。


「ほら、『後輩くん』4巻にそういう話があったの覚えてない? 後輩くんが主人公を消滅の危機にある一族の許嫁ってことにして娶ろうとする話」

「ああ……あれか」


 頑なに後輩からの求愛を拒む主人公を、既成事実を作って外堀から埋めていき、結婚まで持ち込もうとする話である。

 結局主人公に看破されボコボコにされるのであるが、ギャグ調に作られていたとは言え後輩のヤバさが垣間見えた一幕である、


「そういえばあったな、というかあれを黄土さんが作ったのか……」

「それよりどうかな? やる価値はあると思わない?」


「ふむ……最近許嫁であることが判明して、話をするようになった。しかしお互い強制的な結婚は望んではいない……と、破綻はしてないな」


 最初は色々言われる可能性があるだろうが、何処かのタイミングで無事許嫁は解消されたと言えば興味は失われ、自然と沈静化する筈。

 漫画の展開のように、何ヶ月何年と続けるような話ではない――


 そう考えると、あながち無謀ではない気がしてくる。


「…………やってみるか?」

「…………やってみよっか」


 そんな流れを経て、俺と藍葉に期間限定の許嫁関係(?)が始まったのだった。




 だが、この安易な判断が俺達を思いもしない事態へと転ばすことになる。

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