第18話 モテる者の苦悩

「あのプロポーズ動画見た?」

『見た見た、無茶苦茶エモかったよね』


「あんな胸打たれるサプライズされてOKと言わない女の子はいないよ」

『SNSで広まってもう2000万回再生だって』


 俺は35点の英語の小テストを見ながら、ふと疑問が思い浮かんでいた。


 藍葉美遊は長谷高生なら誰もが認める美人で人気者なのだが、誰かと付き合っているだのといった話を聞いたことがない。


 いや勿論そんなシーンを見れることはまずないのだ。そんな人目がつく所で堂々とデートをする程高校生は思春期を終えてなどいない。


 あるとすれば結果的にデマだったあの他校の生徒と付き合っているという話のみ、告白を受けた回数はその辺の女子生徒の比ではない筈なのに。


 白井倫に関してはしばしば噂はあったのに、一体何故なのだろうか。


『藍葉―ちょっといい?』

「ん、何?」


 すると我がクラスではない女子生徒が教室に入ってくると、藍葉達のグループに近付いていき何やら周りには聞こえない声で話をし始める。


 学生名物ひそひそ話である。大体学校で目立つ人間であるほど受けるものであり、俺にとっては無縁のものである。


『――なんだけど、後で来てくれないかな?』

「あーごめん、私用事あるから行けない」


『えっ、で、でも……』

「というか、多分望んでいる回答にはならないと思うから、あれだったら今から私が言いに言ってあげてもいいけど」


『あ、いや……私から言っておく、ごめんね手間かけさせて』

「ううん全然、じゃあまたね」


 しかし大概盛り上がる筈のひそひそ話は早々に鳴りを潜め、気まずい表情を浮かべた女子生徒がそのまま帰っていく結果に。

 対する藍葉は特に表情を変化させることなく、また話に戻っていた。


『今回もAMあいばみゆフィールドは破られなかったようだな』

『ああ、今まで誰も破った者はいない絶対守護領域、野球部の4番も、バスケ部の7番も、サッカー部の10番も破れなかったらしい』


『そもそも告白の場にすら立たせて貰えないなんて酷な話だぜ』

『中には手紙を靴箱に入れたら翌日自分の靴箱に戻っていた奴もいたらしい』


『人伝えで、藍葉さんの友達の異性を使っても門前払いだしな……』

『仲良くなって、そこから発展させていくとかでも駄目なのだろうか』


『それなら誰も苦労してないって』

『まあな……実際他校の彼氏もどうやらデマだったらしいし』


『幸いではあるものの、よりガードの高さが際立ったとも言えるしな』


 事ある毎に藍葉グループの最新情報を提供してくれるクラスメイトに、俺は心の中で感謝を告げる。


 どうやら藍葉美遊を攻略する者は数多くいたようだが、その全員が彼女の作った反り立つ壁を超えることが出来ず、タイムアップになっているらしい。


 しかし俺の知る限りの藍葉は恋愛に興味がないとか、そういう感じはない。


 まあ地位や名誉の隣にいたいとか、ちょっと優しくしたら好きになる子でもないことは確かだが……。


「両想い……ねえ」


       ○


「ふう……」


 いつも通り俺と藍葉は古民家カフェを訪れ、珈琲を注文した後俺は英語の小テストを取り出していると、彼女が小さくため息をついた。


「お疲れ様だな」

「んー……今月はね、ちょっと多くて」


「多い?」

「告白される回数がさ、いつもは大体月1なんだけど、今月はもう4回目で」


 月1でも多いどころの騒ぎじゃない気がするが、フィクションでも、アイドルでもないただの進学校で月4回は確かに異常な数値だ。


「ここ数ヶ月は静かだったのに、何で急に増えたんだろ」

「他校の生徒と付き合ってるって噂が流れていたからじゃないか?」


「……あ、そういえば紫垣くん言ってたね」

「どうやら最近それがデマってことが皆が気づき始めたらしい、そうなれば今度こそは我がと向かってくる奴はいて当然だ」


「なるほどね……まあ実際数ヶ月前に甲東高校の野球部だっけな? の子に待ち伏せされて告白されたのは事実なんだけど」

「断ったのか?」


「うん。だって特に話したこともないのに付き合う意味が分からないし」

「尤もだな。だが普段からそうやっていきなり告白される訳でもないだろ?」


「まあ、当然話をする長谷高生からされたこともあるけど」

「でも断るんだな」


「だって私長谷高生が嫌いだから」


 唐突なカミングアウトに、俺はカップに伸びた手が一瞬停止する。

 長谷高生が嫌い? 何故? と思ったが、冷静に今までの彼女の発言を振り返ると、そうとも取れなくもないことを言っていたことに気づく。


「大したレベルでもない高校なのにさ、皆自分が凄いみたいな顔して、運動部のレギュラーに至っては自分は文武両道の天才みたいな顔するから、正直苦手で」

「背伸びをしている姿が嫌いってことか」


「背伸びをしているのはいいの、背伸びをしている癖に自分は背伸びをしていませんって感じでいるのが嫌って言うのかな、まあそれだけじゃないけどね」

「ふむ、まあ言いたいことは分からんでもないが」


 そう応えて今度こそ俺はカップを手に取り珈琲を啜る。しかし……それなら俺にだって背伸びをする部分はあると思うけどなと思っていると、藍葉美遊がまた溜息をついてぐでーっとテーブルにうつ伏せになった。


「あー……嫌だ。求めてない告白を受け続けるのも楽じゃない……最近は告白される場所に行く前に断るようにしてるけど、それでもしんどい」

「まあ、完全に無視とまではいかないしな」


「なんかいい方法ないのかな、もう一回デマを流すっていうのもアリだけど、またバレたらこの波が押し寄せるのもな……」

「嘘をついていいなら『好きな人がいるから』と返してみるとか」


「悪くないけど、それだと『誰なんだその人は!』って騒ぎにならない?」

「それは否定出来ないな……」


「うーん、どうしたらいいんだろう」


 結局名案と呼べるアイデアは何も思い浮かばず、俺は藍葉から英語で間違えた自動詞と他動詞の違いについてレクチャーを受けると、その日はお開きとなった。




 だが次の日、その問題が悪い意味で解決する事態が起こる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る