第16話 ははの持論
「まさみちゃんはこの辺に住んでるのかな?」
「はい、きたまちにすんでいます」
「へー、ということはマンション街かあ、本当にお嬢様だね」
「いえからあべのハルカスもみえますよ」
「すごーい、私は一軒家だから見えないや」
俺と藍葉、そしてまさみちゃんの3人は広場からモールの中へと戻ると、バターサンドの売っているお店に向かって歩いていた。
流れとしては購入を済ませた後、そのまま迷子センターまで移動してアナウンスをして貰うというもの。
制服姿の男女と少女が手を繋ぎ歩く光景は間違いなく目立つので、なるべく導線から外れた道を選んで歩くようにしていた。
そして移動中は、基本的に藍葉美遊がまさみちゃんの相手をしてくれている。
「まさみちゃんは生まれてからずっとここ?」
「いえ、ようちえんまではとなりのしにすんでいました。しょうがくせいになってこっちにひっこしてきましてそれからはずっとです」
「そうなんだ、学校は楽しい?」
「たのしいですが、『まーちゃんはこむつかしい』ってよくいわれます」
「だろうな」
恐らく環境によってそういう育ち方をしたのだと思うが、マセている子でもまさみちゃんの言うことは理解しきれないだろう。
皮肉ではなく良い意味で親の顔が見てみたい。
「そういえば今日はお母さんとお買い物に来てたの?」
「そうです。ほんやさんにようじがあるとかで、そのあとにスーパーでかいものをするつもりだったのですが、とちゅうでまいごになりまして」
「成程ね。お母さんはボーッとしてるって言ってたけど、普段はどんな人?」
「おっとりしているところはありますが、やさしいははです。よくあそんでくれますし、あとえがじょうずなのでそんけいしてます」
「じゃあお母さんのこと好き?」
「だいすきですよ、だからなおさらしんぱいですね」
そうか、藍葉は優しく会話をして不安を取り除きつつも、まさみちゃんの母親に会いたい気持ちを強くさせているのか。
バターサンドを買ってまた別の所に、となる訳にはいかないからな。にしても保育士になれるんじゃないかというくらい扱いが上手いな。
「でもとまとをごういんにくちにねじこんでくるところはきらいですね」
「が、頑張って食べれるようにならないとね……」
「あれはにんげんがたべていいものではありませんので」
「でもケチャップだと食べれるから不思議な話だな」
「たしかに、おにいさんとはきがあいそうです」
「紫垣くんは食べれないと示しがつかないんだけど」
「……すいません」
そんな話をしつつ、バターサンドのお店に戻ってきた俺達はまさみちゃんの分を買ってあげると、そこから少し離れたベンチへと移動する。
俺と藍葉でまさみちゃんを挟むような形で座ると、彼女は弱い感情の起伏の中で最大限満足そうな笑みを見せ紙袋からバターサンドを取り出した。
「ひとくちではむりなきがします」
「それならビスケットを剥がして、クリームを掬って食べてごらん」
「なるほど、あたまがいいですね、では――」
そう呟くとまさみちゃんは言われた通りに行い、小さな口にバターサンドを運ぶ、そして「うんうん」と言いながら噛んで飲み込むとこう口を開いた。
「とてつもなくからだにわるそうなあじですね」
「えっ!? もしかして美味しくなかった?」
「いえ、ははがおかしをたべたときにたまにいうせりふなのですが、そのおかしはだいたいおいしいので、そうひょうげんしてみました」
「そ、そうなんだ……ならよかった」
まあ美味しいものは脂肪と糖で出来ているという名言にある通り、概ね身体には良くないので母親のその表現は間違ってはいないと思う。
ともあれ、満足はして貰えたようなので良かった。後はこの流れから迷子センターまで連れていければミッションコンプリートである。
「ところで」
「ん? どうしたのかなまさみちゃん」
「おふたりはこいなかなのですか」
「えっ? あ、えーと私達はね――」
「友達って奴だよ、まさみちゃんにもいるだろ?」
唐突なまさみちゃんの発言に、一瞬藍葉が困ったような表情を見せたので、俺はすかさずフォローを入れる。
まあ確かに子供目線だとそう見えるのは仕方がない、しかし恋仲でないことは事実なので否定をしたのだが、まさみちゃんは何故か首を傾げた。
「おとなとしょうがくせいのともだちとではいみがちがうとおもうのですが」
「え、いや、そういうことは決して――」
「それに、はははおふたりよりとしがうえだとおもいますが、くちぐせのように『だんじょのゆうじょうはない』といっていますし」
「女性でそれを言うのも珍しいな……」
「……ん?」
よっぽどそう思う出来事が過去にあったのだと思うが、それを実の娘に真理のように説くのは流石にどうかと思う。
だがこうなってしまうとまさみちゃんが信じるのは間違いなく俺達より肉親である母の言葉だろう、弱ったな……。
「んー、でも私とお兄ちゃんはこうして仲良しだけどな」
「いえ、おねえさんが、というよりはおにいさんがという意味です」
「……え? お、俺?」
「はい。ははによればおとこというのはどれだけおもてむきにはともだちだといっていても、かならずやまさしをかねそなえているいきものらしいので」
「いや、ちょっ、まさみちゃん……ストップストップ」
「ただこうもいっていました、いやらしいきもちはけっしてわるくはないと、むしろこういとかみひとえなもので、あくいはないらしいです」
「まさみちゃん、もうその辺にしておこうか……」
「…………ふむ」
「でもだからゆうじょうはそんざいしない、あるのはこいだけであると。なのでわたしはこいなかなのだとおもったのですが」
「…………」
予想外のとんでも波状攻撃に俺のライフは完全にゼロになる。
しかも藍葉は顎に手を当てて何やら考える素振りを見せ始めたし、まさみちゃんは満足したのかバターサンドを食べるのに戻ってしまったし……。
一体どうすればいいんだ……と頭を抱えそうになった矢先、その空気を破ったのはその雰囲気を作り上げたまさみちゃん本人だった。
「あ、ははがいました」
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