第15話 迷子ではありません
「私はね、ちょっと主人公が強情過ぎると思うんだよね」
その日の放課後、俺と藍葉はモールに来ていた。
目的は今じわじわと人気が出始めているとかいうバターサンドのお店が出店されたので食べに行こうというもの。
もしかしたら長谷高生と出くわすんじゃないかと、あんなことがあった手前少し危惧していたのだが、幸いその姿は見受けられなかった。
店内は混雑していた為店頭で購入すると、4階にあるイベント用の広場に移動し、向かい合わせで椅子に座って食べる。
その際に彼女から『後輩くん』の話題を振られたので、実紗さんのお陰で物語を全て抑えていた俺は支障なく談義に興じていたのであった。
「つまりもっと素直になればいいってことか?」
「そう。先輩後輩関係を引きずり過ぎだと思うの、確かに後輩くんも生意気な所はあるけど、ちゃんと好意は伝えてるんだし」
「言われてみると立場は変わったのに憧れの先輩でいようとしてるな」
「だから私はその関係が崩れる瞬間を今かと待ってるんだけど、
「でもそこが魅力でもあるんだろ」
「そうなんだよね。ただもう少し二人の気持ちが通う瞬間が欲――……?」
そうやってバターサンドを食べるのも忘れ『後輩くん』への熱い思いを振るう藍葉だったのだが、突如その声が止まり視線が左へと移りだす。
一体どうしたのかと思い俺も視線を右に移したのだが――
空席だった椅子に、一人の少女がちょこんと座っているではないか。
「え……?」
「…………」
年齢はまだ小学校低学年ぐらいといった感じで、長い艶のある黒髪にお嬢様みたいな黒と白を基調とした服を着ている。
顔も小学生にしては美人に入る(ロリコンではない)部類なのだが、妙に仏頂面で、何やらご機嫌が斜めな様相を見せてくる。
「どうしたの? もしかして迷子かな?」
正直俺はどう反応したものか迷っていたのだが、驚いた表情から一転即座に優しい笑みへと変わった藍葉が、撫でるかのような声でその子に語りかける。
すると正面から藍葉に顔を向けた少女は、抑揚のない声でこう言い出した。
「ははがまいごになってしまったのです」
「そっか……へ? お母さん『が』?」
「そうですがなにか」
澄ました顔でそう応える少女と、唖然とする藍葉に俺は吹き出しそうになるのを必死に堪える。いや何なんだこの子は一体。
「いつもはなれちゃダメと言っているのですが、ぼーっとしているおかあさんでして、目をはなしたすきにいなくなりまして」
「徹頭徹尾母親がいう台詞だな」
「んーそっか、じゃあ見つかったらお母さん叱らないといけないね」
「まったくです。どこにいってしまったのでしょうか」
しかしこんな変化球を投げまくる子供相手だというのに、藍葉美遊はスイッチを切り替えたのか、まるで違和感のない会話をし始める。
背中を丸めて視線を合わせ、威圧感もないように。流石だなと感心してしまっているとトーンを落とした藍葉が話しかけてきた。
「どうしよっか、完全に迷子みたいだけど」
「迷子センターに連れていくのが一番いいんじゃないか、俺達が探すよりアナウンスして貰った方が早いし、預けたほうが安全な筈だしな」
「間違いないね――えーっと、お嬢さんお名前は何ていうのかな?」
「わたしですか? まさみといいます」
「よし、じゃあまさみちゃん、お姉ちゃん達とお母さんを探しにいこっか」
「いえ、おきづかいはむようです」
「ん……? な、何でかな?」
「ははもいい年をしたおとなですから、まいごとはいえそのうちもどってくるはずです、むしろへたにうごくほうがきけんかと」
「いや……うん……間違ってはいないんだけどね……」
だからそれは大人が言う台詞なんだよ、と突っ込みたくなるのを何とか抑える。
にしても本当に変わった子だな、子供らしいとも言えるし子供らしくないとも言えるし、この感じだと本当にその内母親と会えそうな気さえしてくる。
「ううむ」
とはいえまさみちゃんとここで一緒に待つというのは正直良くない、今この時も母親が必死に探しているなら早く会わせてあげる方向に持っていったほうがいい。
ただ無理に連れて行って泣かれてもな……と、藍葉と目を合わせ困り果てていると、まさみちゃんがじーっと何かを見ていることに気づく。
「……お前、もしかしてお腹すいてるのか?」
「であってまもない人におまえよばわりはかんしんしませんね」
「すいませんでした――まさみちゃんはバターサンドを食べたいのか?」
「ばたーさんど、というのですか、ずいぶんはいからな食べものですね」
「ハイカラ……」
「! そうだまさみちゃん、お腹すいてるならお姉ちゃん達とバターサンド買いに行こう? これ甘くてすっごく美味しいよ」
「! ――……いえ、おめぐみをいただくほどおちぶれては――」
「まさみちゃんよ、俺から一つ人生の役に立つ言葉を教えてやろう」
「? なんでしょうか」
「貰えるもんは貰っとけ、だ」
「ちょっと子供に変な知識植え付けないでよ」
「いてっ、す、すまん――」
若干オマセな雰囲気もある子だったので、こういう言い方のほうが伝わるかと思ったのだが、藍葉に頭を小突かれ注意されてしまう。
確かにそりゃそうだ……と流石に反省したのだが、まさみちゃんは俺の言葉に2度頷くと意外な返事を返してきた。
「なるほど、いちりありますね」
「え?」
「それに、とちゅうでははと会えればいっせきにちょうですし」
まさか貰っとけの一言で俺と藍葉が意図するものを汲んでくれるとは思ってもみなかったが、お陰で何とかなりそうだと胸を撫で下ろす。
「では、まいりましょうか」
「はい、こちらこそ」
「おにいさんもですよ」
「え? あ、ああ、こちらこそ」
すると椅子から降りたまさみちゃんは俺達に対して自分の手を取るように言ってきたので、まさみちゃんの左手を藍葉が、俺は右手をきゅっと繋ぐ。
そして彼女は小さく鼻息を鳴らすと、最後にこう言うのだった。
「これでむてきですね」
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