第13話 とある藍葉の閑話休題
『ねー美遊はどっちがいいと思うー?』
メイクには色んな思いが詰め込まれている。
自分を綺麗に見せる為、誰かに可愛いと言って貰う為、好きな人に好印象を持って貰う為、理由は人によって様々。
『こっちのファンデーションは撥水性があるからいいけど、ちょっといやらしい感じになるんだよね、先生に言われたら面倒臭いし』
でも化粧というだけのことはあってそれは自分が化けているだけで、もしかしたらその思いも本当は仮初なのかもしれない。
そう考えると、メイクってする意味があるのかと、昔思う時があった。
『あ、こっちはナチュラルな仕上がりになるっぽい、でも高いなぁ』
「私それ持ってるけど結構いいよ」
『ホントに? 倫も使ってるなら買うのはアリだな』
けどそんなことは言われたくもないし、言いたくもないし、そんなことを考えることこそが野暮だから辞めることなんて出来ない。
それが女の子に生まれたことの宿命みたいなものだから。
大体、誰かを想って何かをしていることまでが嘘である筈がないのだし。
ただ、化けずに想いを出せればいいなと思うことも、無いと言えば嘘になる。
『おーい、美遊聞いてんのか』
「どうせまた自分の世界にトリップしてるんでしょ」
「――え? ああ、私はこっちのチークがいいかな」
『いやファンデーションの話だから』
「あ、ごめんごめん」
「久しぶりに皆で遊ぶってのに美遊は相変わらずだね」
そう言って笑いを見せる皆につられて、私も少し笑顔になる。
今日は久しぶりにいつもの面子で集まってモールに来ている。本当は前に紫垣くんと行ったフルーツサンドのお店に行く予定だったけど、それ以外にやることがなさ過ぎるということで結局ここになった。
普段から学校では顔を合わせているし、全く遊んでいないという訳でもなかったけど、何だか時間が戻ってきたような気がして懐かしい気持ちになる。
なのに、その割には心は何処か違う所を彷徨っていて、そんな自分が不思議でならなかった。
『うーん、結局何も買わなかった』
『女ってそんなもんだよね』
「じゃあ次は書店でも行く?」
『あ、そういえば今日ガルティーンの発売日じゃなかったっけ』
『メイリンの私服特集だよね確か』
「あの子手頃な値段の私服で超お洒落だから参考になるよね」
そんな話をダラダラと繰り広げながら私達は書店へと入ると、私を除いた三人は脇目も振らずに雑誌コーナーへと直進していく。
私も興味はあったけど、それよりも入ってすぐにある少女漫画の新刊コーナーが気になり、一旦足を止めて方向転換する。
「――……あ、結構減ってる、いいね」
そして『後輩くん』が他の単行本より減っているのを見て充足感を得た。
やっぱり推している漫画が売れていると気分がいい、そりゃ大人気作品と比べたら入荷数の差はあるだろうけど、駄目ならこんなに減らないし。
「ま、私と紫垣くんが推してるんだから当然だけどね」
そう思うと紫垣くんと『後輩くん』談義がしたくなってくる。本当は家に招待した時にするつもりだったけど、実紗姉の妨害で出来なかったし。
あ、何なら紫垣くんの家に行くのもアリかも、きっと好みも合ってる筈だから、色んなことで楽しい時間が過ごせるかもしれない。
「――ん?」
そんなことを考えながら本を見て回っていたら、少年誌の新刊コーナーに『エクスプロイトゲーム』のコミカライズが置いてることに気づく。
そういえば昨日の一件でまだ最終回見てないんだった、紫垣くんと一緒に見るつもりだったけど、遅くなる前にもう自分で見た方がいいかも。
遅れて見てから実紗姉に話すと、大体もう興味が別に移ってるし。
「ふうん、ヒロイン視点のお話か、でも多分実紗姉買ってるよね――あれ?」
私は違和感に気づきよくよく単行本を眺めて見ると、帯の所に『劇場版制作決定』の文字があることに気づく。
……発売日、今日みたいだけど紫垣くん知ってるのかな。
結構落ち込んでた気がするし、情報とかあんまり仕入れてないかも。
「……よし」
私はひとり呟くと単行本を手に取りレジに向かう。そして購入を済ませると一旦店の外に出て、その本を撮影した後トークアプリを開く。
そこから『紫垣悟』とのトークに入ると、その写真を添付し送信した。
「さてさて……――お、既読がついた――ふふっ」
そして紫垣くんから帰ってきた『え? これコラじゃないよな?』の文字に思わず吹き出しそうになる。
想定していた以上の反応に嬉しくなった私は、どれくらい驚いているのか気になってしまい、そのままトーク電話をタップした。
『――あ、もしもし?』
「もしもし? 送った画像どうだった?」
『いや普通に驚いた。コミカライズが出るのは知ってたけど、どうも発売日まで情報は伏せられてたらしい、まさか藍葉から知ることになろうとは』
「良かったね。紫垣くんも中々見る目あるじゃん」
『どうだろうな、既定路線だった可能性もあるし』
「きっと物言わぬ視聴者の中に応援していた人が結構いたんだって、本当に駄目だったら中止するって実紗姉から聞いたことあるし」
『んー……まあでもそう考えたほうが気分はいいかもな、わざわざ連絡してくれてありがとう、お陰で今日一日いい気分で過ごせそうだ』
「うん。あ、後この本、月曜日にプレゼントするから楽しみにしててね」
『え? 俺別になんの記念日でもないんだが』
「ほら、前にコーヒー奢ってくれたし、その御礼」
『うーん? いやー……でもな』
素直に喜んでくれるかと思ったら、受け取ることに渋った反応を見せる紫垣くんに私はどうしたものかと思う。
無理矢理渡すのも良くないし、どう言えばいいものかな……。
「あれ、美遊どこいった?」
『あ、あそこにいる、おーい美遊~!』
でもそうこうしている内に倫達が出てきてしまい、私に近寄ってきてしまう。
『ん? もしかして友人と一緒なのか? なら――』
「あ、いや……」
本当はまた後で連絡するとでも言って、一旦通話を切れば良かったのだけど、紫垣くんにモヤモヤさせた気持ちを与えたままにしたくないと思った私はどうにかしないといけないと焦ってしまう。
だからなのか、勢いのまま妙なことを言ってしまったのだった。
「昨日助けてくれたの嬉しかったから、そのお礼と思って受け取って」
『へ? あ――』
そしてそのまま通話を切る、振り返ると倫達が直ぐ側まできていた。
「何? 誰と電話してたの?」
「……ん? 秘密」
『えー? 何それ? どういう意味か教えて貰えますかね?』
「いやいや特に深い意味はないから、それよりお腹空かない?」
『待て待て、倫に続いて美遊までは私が許さないからねー』
「あり得ないってそんなの、ね? 倫」
「まあね、美遊って特定の誰かを求めるタイプじゃないから」
『ホントかな~?』
「ホントだって、もしいたら皆に教えるに決まってるじゃん」
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