第12話 藍葉実紗は恐ろしや

「はい残念弱過ぎですお疲れ様でした」

「はいまだ生きています、この愚妹は何処を見ているんでしょうか」

「はい垂直落下でおさらばです、雑魚過ぎて笑えません」

「はい1機減らしたくらいでイキらないで下さいキモいです」

「はい1機も減らせてない人にそれ言う権利はないですさようなら」


「…………」


 姉妹が舌戦を繰り広げながらゲームをする姿を、俺は後ろで完全に置いてけぼりの状態で見守っていた。


 藍葉家ルールというのはつまるところお互いの了解が得られない状況が起こった際にゲームで解決するというものらしい。

 ゲームにカテゴライズされるものなら何でも可、ただしどちらかが圧倒的に得意な物は駄目で、今回は『スプラッシュファイターズ』となった。


 ただし最新作ではなくまさかの元祖版、どうも実紗さんは昔のゲームが好きらしく、藍葉も得意ということで承諾された。


 実紗さんが自室から持ってきた本体をテレビに繋ぎ、カセットを何度かフーフーして電源を付けると懐かしさを感じるポリゴンが浮かび上がる。


 残機3でアイテム無し、先に三本選手した方が勝利である。


「はいお手玉からのスプラッシュキック、ダメージ差凄いけど大丈夫?」

「生きてる限り負けじゃないから、はい戻ってきました残念下手糞さん」

「いやさっさと崖から上がって来なさいよ、それとも死ぬのが怖い?」

「その傲慢さが命取り――ですっと」

「あっ、くっ……」


 崖に捕まっている所を待ち伏せていた実紗さんだったが、藍葉は一回落ちるフリをして復帰することで実紗さんの攻撃を避け、背後に回ることに成功。

 そして軽く飛ばした所でまたも空中下攻撃で崖外に落としたのだった。


「私最近やってなかったんだけどなー、実紗姉弱すぎない?」

「いやいやまだ1試合目ですから」

「随分と見苦しいお姉さんだことで」


 結局実紗さんは調子を出せずに完封負けし、1試合目は藍葉が先取した。

 それにしても凄い暴言の嵐だ、姉妹だからこそかもしれんが、こんな人を煽る藍葉美遊を見たことがなかったので結構驚いている。


 きっと長谷高の誰もこんな彼女を知らないだろう。


「ま、丁度いいハンデでしょ、これくらいはしてあげないと張り合いないし」

「コソ練の成果が発揮出来なくて悔しいもんだね」

「あーそういえばキャラの色変えるの忘れてた、道理で上手く行かない訳だ」

「いるよねこういう人、色変えた所で性能も実力も変わらないから」


(……ううむ)


 感覚でプレイしているものの、実力は藍葉の方が上なのだが、挑発に乗らず饒舌に喋り続ける実紗さんに不必要に乗せられている気がしないでもない。

 あまり良くない傾向だなと思いながら見ていると、案の定実紗さんのリズムにじわじわと牙城が崩され始める。


「はいかーんたん、今回も私の勝ち――あっ」

「あれ? 傲慢さは命取りになるんじゃなかったっけ?」

「偶然上手く行ったくらいで調子に乗らないでよ」

「いや心配しなくてもすぐ必然だと分かるって」


 その宣言通り1試合目とは打って変わってあっさり藍葉を追い詰めると、抵抗虚しく2試合目は実紗さんが勝利を収めてしまう。

 ふむ、このままだとまずいな。


「ま、こんなもんよ、姉に勝る妹無しってね」

「……いや、私も3タテはつまらないと思ったから手を抜いただけだし」

「じゃあ次はその美遊の本気とやらを見せて貰おうかな~」


 そして3試合目、藍葉はキャラを変更し、実紗さんは同じキャラで開始するが、先程の機動力の高いタイプとは打って変わってパワータイプを使いだしたので、あまり慣れていないのか技のタイミングが合っていない。


「く……」


 加えて実紗さんのキャラとの相性は最悪で、リーチの長さを読んだ上で後隙を突いてはじわじわとコンボを決めては投げの繰り返しに、藍葉は最後まで何も出来ずに負けてしまうのだった。


 がっくりと項垂れ、悔しそうに目を瞑る藍葉美遊。

 その姿に無意識の内に身を乗り出していた。


「はい、おしまい。もう結果は明らかだと思うけど――まだやる?」

「…………ま――」


「すいません、その藍葉家ルールに俺も参加することって出来ます?」


「お、もしかして紫垣くんもやりたい? もちろん大歓迎よ、一方的な展開に私もちょっと心を痛めていた所だから」

「ありがとうございます。では俺は藍葉さんの代打ということで、俺が勝った場合は藍葉さんの勝ちということでいいですね?」

「代打は駄目なんてルールはないからね、それでいいよ」


「? 紫垣くん……?」


 思いの外あっさりと承諾してくれたので、俺は実紗さんの気が変わらない内にさっと藍葉が使っていたコントローラーを手に取りキャラを選択する。


 まあ、別に深い意味はない、俺も久しぶりにやってみたかったのもあるし、見ている側でずっといるのも嫌いじゃないが手持ち無沙汰だし。


 後は何というか、藍葉美遊に落ち込んでいる姿は似合わないし。


「ほう、飛び道具が優秀なキャラね」

「ついつい乱発したくなりますよね」

「分かる分かる、結構ダメージ蓄積出来るから気持ちいいんだよね」


「ではステージは同じで、宜しくお願いします」

「こちらこそ」


 ということで試合開始。


 彼女のプレイングは機動力を全面に押しながらも、無闇に突っ込む真似はせず、リーチを意識しながらフェイクや牽制入れつつ攻撃するのが基本だ。

 そして実紗さんのキャラは一発のダメージは高くないないがコンボを繋げやすい、4~5回受けてしまえばあっという間に撃破ダメージになる。


 ただ――記憶が正しければ俺の使うキャラは判定勝ち出来る技がある。

 それを実紗さんの仕掛けてくる法則に合わせれば――


「なにっ!」


 突っ込んできたタイミングで俺はその技を使うと実紗さんのキャラは軽くふっ飛ばされる、俺はすかさず火力の高い空中技でコンボを決めると場外へと飛ばし、帰還のタイミングに合わせて空中下攻撃を使い撃沈させた。


「……紫垣くんやるねえ、もしかして経験者?」

「小学生の頃に少し、ですかね」

「いやー……それはどう見ても少しの練度ではないっ!」


 と言いながら突っ込んで来た所をまたリーチ差で押し潰し、今度は起き上がったタイミングで飛び道具を使いダメージを蓄積させると、最後は天空の星へと誘う。


「くうっ!」


 実紗さんは藍葉美遊よりはゲームをしているだけのことはあって、流石にちゃんと頭を使って仕掛けてくる。

 だが自分の思い描いた通りにならないと中々修正が効かない、だからこそ実妹に言葉を使うことで自分のペースに乗せていたのだ。


 でもそれは家族や友人ではない俺には少し厳しい。


「俺の勝ちですね」

「…………参りました」


 結局最後まで対策の出来なかった実紗さんに完封で2連勝し、無事藍葉美遊の面目を保たれたのだった。


 のだが。


「…………」

「…………」


 得も言われぬ空気が流れていることに気づき、その瞬間俺はあの時のあやふやだった記憶が鮮明に掘り起こされる。

 ……そうだ、あの時も男女入り乱れてやったのは『スプラッシュファイターズ』だったんだ、そして俺が自信満々で対戦してそれで――


「……なんか、すいませんでした」


 歴史は繰り返すとよく言ったものだが、それは自分の人生も同様らしい。


       ○


 その後の記憶は随分とあやふやなもので、意識がはっきりしたのは自室に戻り重たい鞄を机に置いた際に襲われた羞恥心からだった。


「ああ……マジで完全にやったわ」


 思い返せば思い返すほど激イタイキリキッズ以外の何者でもなかった、何が澄ました顔で『俺の勝ちですね』だ、キモいにも程があるだろ。


「普通に『3人で楽しくやりましょう』って言っとけば良かったのに……くそ、酒が飲める齢なら気絶するまで飲みた――……ん?」


 そう後悔しながら鞄の整理をしていると、やけに重く感じていた鞄から見に覚えのない単行本が5冊も出てくる。


「いつの間にこんなものが、というかどういう……――は? 『後輩くんの令嬢になりまして』の1巻から5巻……?」


 買った覚えのない後輩くんの存在に混乱を極めていると、まるで見計らったかのようにピコンとスマホが音を立てて震える。

 何だか妙な予感した俺は、恐る恐るトークアプリを開く。


 すると送られてきたのは『みゆ』ではなく『さゆ』からだった。


『多分美遊から連絡来ると思うけど、今日はお邪魔しちゃってごめんね。まあでも私も楽しかったよ。またアニメ談義でもしようね~。PS、返却はいつもでいいから読んで感想を言ってあげると愚妹が喜びます』


「…………やはり藍葉家の人間は恐ろしいな」


 俺はそう呟くと、返信をした後『ゴッドに感謝』というスタンプを押した。

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