第11話 オタトーーク

「実紗姉今日大学行くって言ってなかった?」

「んーサボった」

「前もサボってた気がするんだけど」

「大学なんてサボってナンボだから、単位さえ取ってれば後は何しても許されるのよ、高校生みたいに毎日行く必要性がないの」

「そう言って後期単位落としてた気がするけど」

「一つや二つ落としたくらいじゃ致命傷にはならないから平気平気」


 藍葉家の2階、藍葉美遊の自室にて。

 姉妹が論争を繰り広げる中、俺は終始落ち着かない気分でいた。


 よくよく思い返してみるとあの小学生の時に遊んだのはリビングだったのである、つまり女の部屋は人生で初めてだったのだ。


 統一感のない俺の部屋とは違い、白や紺といった色で家具や寝具が揃えられており、壁にもよく分からないお洒落そうなものが飾ってある。

 あるもの一つ一つが異次元に見え、テレビスタンドに置いてあるゲーム機の本体だけが俺の心に安らぎを与えてくれた。


「というか美遊が学校の知り合い連れてくるなんて珍しいね、女の子の友達でもあんまり家に呼んだりしないじゃん」

「紫垣くんは趣味が合うから、他の子達だとそこまでじゃないし」

「へえ? 例えばどんな」

「『後輩くんの令嬢になりまして』とか、私と実紗姉は満場一致で売れるって言ってたけど、紫垣くんも同じだったから」


 いや、そんなことを言った覚えは全くないのだが、寧ろ未だに最新巻だけを読んでいる状態なので変に話を振られると困る。


「ふうん、それはお目が高いね」

「…………」


 チラリと視線を送ってきた実紗さんに俺は目線を合わさず誤魔化す。

 頼むから俺の表情を読み取らず早くその話題を終えてくれと思っていると、藍葉が次の話へと持って行ってくれた。


「あと『エクスプロイトゲーム』も、お姉ちゃんはもう見たと思うけど私はまだ見てないから、それで見ようって話になったの」

「ほう、紫垣くんはあれを推していたの、中々見る目があるね」


「まあ、世間的には今ひとつな評価でしたが」

「んー前評判は結構良さそうだったのにね。各異世界から召喚された史上最強の者達にチート級の能力を与えて戦わせるとのバトルロイヤル、でも主人公はただの地球の一般人で、圧倒的不利を強いられるんだけど、実は敵の能力の弱点が見える能力があって、卓越した頭脳を駆使して弱点を突きながら戦う話」


「ただ能力を使って倒すのではなく、時には優勢になった所で和解を申し入れて仲間に引き入れたり、敵同士を戦わせて、途中で意図的に劣勢の側について勝たせて従わせたりするのもいいですよね」

「『戦って勝つだけでは先がない』、名言だよね。でもそれが主人公の強さであり、ある意味弱点とも言うべきで――」


「冷酷に見えて情を持ち合わせているのがまたいいんです、ただそれが仇となって7話では壊滅の一歩手前まで持っていかれたのが」

「けど利用する為に引き入れた仲間が己を犠牲にして主人公を守るんだよね、あのシーンは王道ながらも涙が出た」

「いやー分かります」


「……あの、ちょっと」


「そこから主人公は考え方が変わって、この理不尽なゲームを終わらせる為に徹底的な戦略を練ってラスボスとの戦いに挑む」

「ですが知能が同等で能力も最強なラスボスに瞬く間に看破されて」


「ラスボスの弱点を突く為だけの戦略がバレていたのがね」

「11話で裏切りの存在が明らかになった時は痺れました」

「でもそこで主人公の冷酷なだけじゃない性格が――」


「ちょっと実紗姉!」


 まさかこうも『エクスプロイトゲーム』を語れる人がいたとは思っておらず、エンジンのかかった俺は我も忘れて話をしてしまっていると、実紗さんの隣に座っていた藍葉がぐいっと彼女を押し始めた。


「お? 何よ美遊、今いい所なんだけど」

「そもそも実紗姉は関係ないんだけど、何でしゃしゃり出てきてんの」


「分かってないねアンタは、私達みたいな種族は共通の話題があれば無限に舌が回る生き物なの、普段はあんまり回らない分ね」

「実紗姉は四六時中回ってるから」


「まあそう言わないでよ、私は美遊にいい所を全部持っていかれた惨めな姉なんだから、こうやって妹の人生を侵食するしかやることがなくて」

「女を磨かない実紗姉の自業自得だから」


「でも磨いてる暇があったらアペックスやりたくない?」

「磨いててもゲームくらいする暇はある」

「でもスパチャするお金は回したくないし」

「ああ言えばこう言う……」


 実の姉にのらりくらりと躱され続ける彼女は、ため息混じりにそう言う。


 決して姉妹仲が悪いという訳ではなさそうだが、普段から実紗さんが繰り広げるマシンガントークに藍葉美遊が翻弄されているのは間違い無さそうだ。

 まあ俺は恥ずかしながらいとも簡単に飲まれてしまったのだが……。


 ただ、実紗さんを反面教師にして今の『シラアイ』コンビとしての彼女があるのは一理ありそうではある。

 しかしそんな姉であっても決して露骨に態度を変えたりせず、話もすれば勧められたものもいいと思えば素直に受け入れる。


 やはり藍葉美遊は、なるべくしてなった人気者なのだと再認識する。


「とにかく、私は紫垣くんと遊ぶのであって実紗姉はもういいから、さようなら」

「ふうん、あくまで紫垣くんを渡すつもりはないと」

「当たり前でしょ」

「でも私も2人と遊びたい」

「成人した人が何いって――」


「だから、ここは月に一度使える藍葉家ルールを行使します」


 自由奔放な実紗さんに対し、藍葉のみならず俺もついていけなくなり始めていると、彼女が人差し指を掲げて突然そんなことを言い出す。


 最早本来の趣旨が大分変わり始めている気がするが、一体何が始まるんだと思っていると、目の色を変え、姉を睨みつけた妹がこう言い放つのだった。




「あっそ。いいよ、性根まで捻り潰して引き篭もりにさせてあげるから」

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