第10話 つまりそういうこと

『ねー、前に言ってたフルーツサンドのお店今日行こうよ』

「んー私無理だわ、ごめん」

「私も用事があってさ、ごめんね」

『ええー、プレミアムフライデーを無駄に使うとはけしからんな』

「アンタも早く作ったらいいんじゃない」

『ふーんだ、私には美遊がいるからいいもんねー』

「ちょ、ちょっと」

「残念だけど美遊と私はその昔誓い合った関係だから」

「いやそんな話聞いたことないけど」

『ねー美遊行こうよ、週末くらい欲に身を任せてもバチは当たらないって』

「んー……なら土曜か日曜にしない? それなら私も大丈夫だし、時間も余裕があるからゆっくり出来るじゃん」

『しょうがないなー、じゃあまた連絡するね』


 そんな会話がやいやいと教室の中で飛び交い響き渡る中、俺はいつも通り鞄を背負うと一人教室を後にした。


「さてと」


 いつもであれば学校を出て藍葉と合流し、そのまま古民家カフェに向かうのだが、今日は方角は一緒なものの行き先が違っていた。

 だがその予定地に、俺は如何ともし難い感情を抱く。


「家か」


 男の家すらここ数年行った記憶がないというのに、その久々が女の家とは色々と過程を吹き飛ばしすぎている気がする。


「多分、最後は小学生だったな」


 男女入り乱れた中に何故か俺がいて、終始空気だった記憶があるから恐らく合っている、それを家に行ったとカウントしていいのか分からないが。


「まあ今回も大して変わらない気はするが」


 というのも、今日は藍葉美遊と『エクスプロイトゲーム』を見るのである。

 思わぬ偶然から発展した鑑賞会ではあるが、概要はただ見て、そして感想を述べ合うだけのこと、彼女も結構と面白いと言っているので布教にすらならない。


「にしても、何故彼女が知っていたのか、最近はオタク文化も一般に浸透しているらしいが、あの人気だと結構マニアックな――」


 と言いかけた所で俺は足を止める。古民家カフェから更に7,8分ほど山手に向かって歩いた住宅街の一角に、その家はあった。


「住所も合ってる、表札も『藍葉』……今回は間違い無さそうだな」


 藍葉から送られてきていたメッセージを見ながらそう呟く。

 山手特有の入り組んだ道ではあったが、詳細に説明してくれていたお陰で迷うことはなかったので、俺は彼女に購入したスタンプで『着いた』と送る。


『安心しました』


 すると人気アニメのヒロインが安堵した顔でそう言うスタンプが帰ってきた。

 学年から『シラアイ』コンビと呼ばれる人気女子高生からこんなスタンプが帰ってこようとは、どうやら俺も大分時代に取り残されているようだとジジくさいことを思いながら待っていると。

 突如家の扉がガチャリと音立てて開いた。


「あ」

「お?」


 まさかこのタイミングで藍葉家の人間と出くわすとは思っておらず、俺は人見知りモードを発生させてしまうと、身体を横にして無意味に誤魔化そうとする。

 しまったな、どう説明したものかと思っていると、家から出てきたその女性が俺に話しかけてきた。


「んー……もしかして美遊の彼氏さん?」

「――いや、違いますね」


 曲解されては申し訳ないので、俺は思いの外すんなりと否定をしたのだが、じゃあ何なのかと言われるとそれを説明する答えがなかった。

 友人かと言われると違うし、同盟を結んでいる者などと言えば余計に意味不明になる、ここは無難に知り合いで収めるのがベストか。


「ふうん……? でもごめんだけど、まだ美遊は帰ってないのよね」

「それは大丈夫です、ここまで待ち合わせをしているので――あ、申し遅れましたが紫垣悟と言います、藍葉さんと同じクラスメイトです」

「これはどうも、美遊の姉で藍葉実紗あいばみさです、長谷高OGです」


 そう言われ深々と頭を下げられたので、俺も深めに頭を下げ返す。


 姉妹とあって瞳は大きいのに少しつり上がっている目尻と、それを補佐するバランスの取れた顔のパーツが実によく似ている。

 飄々とした話し方もそっくりで、目を瞑れば同一人物とさえ思えそうだった。

 ただ髪型は黒のロングで黒縁の眼鏡をしており、藍葉美遊を陽とするなら実紗さんは陰といった雰囲気を感じさせる。


(なるほど)


 だからこそ、と言うべきなのか、俺にはピンときたものがあった。

 なら一つ尋ねてみるのも……と考えていると、また実紗さんが口を開く。


「ちょっとコンビニに行くつもりだったけど、外で待つのも何だし家入る?」

「いや悪いですそんな」

「別に今両親いないし、気を使わなくても大丈夫よ」

「それは……一応藍葉さんに確認を取ってからでもいいですか?」

「全然構わないよ」


 そう許可を得たので俺はスマホを取り出すとトーク画面を開き文字を打つ。


「…………」

「因みにだけど紫垣くんは今期注目してるアニメって何?」

「あー自分はですね――――……何ですって?」

「だから今期気になってるアニメってある? 因みに私がオススメしたいのは『アイドル弁当』、とあるアイドルグループの裏側を描いた作品なんだけど、メインはその都度支給される弁当をただ美味しそうに食べるってだけの話」

「いや、そうではなくて」

「まー最早王道と言ってもいい飯系なんだけど、一生懸命アイドル業こなした後に食べてる弁当が何せ美味しそうなの、『良い時も悪い時も、弁当だけは私を裏切らない』これ名言ね、原作もいいんだけど制作が撮影工房だから、もし見るなら予備知識なしでアニメから入る方をオススメしたい」


 止めどなく早口で喋り続ける実紗さんに、俺は確信を得つつも完全に言葉を挟むことが出来ないでいた。


 やはり予想通りというか、藍葉に色々と吹き込んでいたのは姉であったかという疑問が晴れたのではあるが……それよりも――


「あの……」

「あと私がオススメしたいのは――ん? 何?」

「何故俺がその部類の人間であると分かったんですかね……」


「え、だってどう見ても自分はオタクですっていう顔してるから」




 藍葉家はメンタリストの血筋でもあるのか。

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