第9話 無自覚テロ疑惑

「ふー……中々に面白い作品だったな」


 俺はアニメを見終わると、誰もいない自室で1人そう呟いた。


「特に最強の敵相手でも最後まで知略を駆使して闘ったのは最高だった、これは二期も確定だろう」


 それにしても良い作品を見た後の充足感というのは実に得難いものがある。

 俺はついつい作品の台詞を口にしながらひとしきり余韻に浸っていた。


「ネットの反応でも見てみるか」


 それから暫くして絶賛の声を聞いてみたくなり、ノートパソコンを開いて掲示板へとアクセスし、その作品のスレッドを開く。


「さて、どんな感じだろうな――」


『垂れ流しで見てたが最後までゴミだった』

『売上も右肩下がりだろ、爆死確定』

『知略が浅すぎて草、敵が馬鹿過ぎるだけ』

『それな、水着回だけやっとけ』

『やはり3話で切った俺が正しかったようだな』

『俺は1話で切ったんだが?』

『実況ありでも苦行だったから見るの止めてたわ』

『っぱ、覇権は馬ガールよ』


「……………………」


 俺はそっとシャットダウンすると、静かに布団の中へと潜り込んだ。


       ○


「俺は見る目がないのかもしれない」


 そして翌日の帰り道。

 流石に引きずるような話ではないが、一日中何処かモヤモヤとした気分を抱えていたせいか、無意識にそんなことを口にしていた。


「え? 何で?」

「……あと頭も悪いし」

「別に悪くはないと思うけど、今言うことではないよね」

「ごもっとも」


 あまり進んでするような話でもないと思い、俺は誤魔化すようにそう濁したのだが、前者の台詞が気になるのか藍葉はじーっと俺を見てくる。

 あからさまに視線を反らしたが、逃れられそうな気配はなかった。


「…………」

「……何でそう思ったか当ててあげようか」

「止めてくれ、お前はブレインダイバーなのか」

「違うけど、紫垣くんの顔なら見てると何となく分かる」


 そんな分かりやすい顔しているのか俺はと言いたくなったが、じろじろ見てくる藍葉に視線が泳ぎまくり、本当に分かられそうな気がしてくる。

 それでも悟られぬよう細い目を一層狭めて菩薩の精神でいたのだが、ややあって藍葉は「なるほど」と言うとこう口を開く。


「自分がいいと思ったものがあんまり評価されてなくて少しショックだった」

「…………」

「何で分かったんだって顔してる」


 そして当の藍葉は満足そうな表情を見せた。

 あり得んだろどう考えても……お前は生き割れの双子か何かか。

 だがこうなると彼女の詰問から逃れることは最早出来ない、俺は観念したように小さく息を吐くと自供を始めた。


「自分が良いと思ったなら、それでいい筈なんだけどな」

「でも何でか気になっちゃうんだよね」

「大体人の評価なんて千差万別だしな、自分がいいと思ったものが人には悪いこともあれば、自分が悪いと思ったものが人にはいいとなることもある訳だし」

「全人類が支持するものがあったら、世界平和も夢じゃないから」


 そういうことだ。なのに頭で分かっていても否定の声が大きいと気分が荒む、何でそこまで言えるんだと怒りの波に溺れそうになる。

 ……ただ、同時にそれは誰だってそうなのだ。だからこそそういう言葉が言えてしまうのかも知れない。


「難しいもんだな」

「でもさ、その中でも一番辛いのはそれを作った人だと思うんだよね」

「うん? まあ、それはそうだと思うが」

「何事においてもだけど、皆貶される為に作る訳じゃないからさ、基本的には認められたいから一生懸命頑張る訳なんだし」

「それは間違いない」

「そりゃ勿論世の中そう甘くはないけど、でもだからって批評でも批判でも批難でも、前向きに捉えるってそんな簡単じゃないから――」


 突き抜けた本物の天才なら、そんなもの微塵も気にせず自分がやりたいようにやって称賛を生み出すだろうが、そうでない人が大多数なのが現実。

 俺自身長谷高を受験したのだって、自分を認めさせる為に頑張ったのだ、だが担任にネチネチと言われるのは、辛い気分にしかならなかった。


 するとそんな過去を思い返す俺に対し、藍葉はこう続けたのだった。


「だからせめて私くらいは、好きになったのなら、その人の頑張りを精一杯応援してあげようって思ってるんだよね」


「それは――……素敵な考え方だな」

「でしょ? 実際『後輩くんの令嬢になりまして』もさ、友人からは言わずもがな、ネットでもそんなに評判は良くなかったんだけど、私は絶対面白いと思ったから買うのは当然として毎月アンケートで1位に投票したし、レビューでも作品の面白さを徹頭徹尾説明したし、あとファンレターも書いたからね」

「凄いな、意外に出来ることじゃないぞ」

「でもそれで嬉しくなるなら安いものじゃん、何も一億円上げるとか、そんなことしてるんじゃないんだし」


 私は好きな人がしんどい時に、自分が出来ることで喜ぶなら何でもあげたいからと、藍葉特に重荷に感じる様子もなくしれっと言うのだった。


「…………」


 今ここで、俺は高らかに宣言をしたいと思う。


 藍葉美遊は良い意味でも悪い意味でも危険過ぎると。


 間違いなく多くの男子が告白をし、そして散っていったことだろう。こんなもの聖母マリアの生まれ変わりである、俺が歪んでいるから落ちてないだけだ。


 確定事項として彼女の性格に恩義を感じても、この無自覚テロの犠牲者になってはならない……俺は心にそう強く誓ったのだった。


「そういえば紫垣くんが見た作品ってなんてタイトルなの?」

「え、あー……『エクスプロイトゲーム』って奴なんだが……」


 別に自分にオタクな要素があるのがバレたくなかったとか、そういう話では決して無いことは前置きしておきたい。

 ただ深夜アニメであったのと、原作のないオリジナルであったので言った所で分からないと思ったのである。

 故に少し言い淀んでしまったのだが、それに反して藍葉はぽんと手を叩き「ああ」と言うと、想定外のこと言い出したのだった。




「昨日最終回だった奴か、丁度今日見るつもりだったんだよね」

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