第7話 激おこ藍葉丸

「…………」


 その日の放課後の藍葉美遊は、何処からどう見てもご機嫌斜めだった。

 値段の張りそうなケーキを2つも注文し、それを到着するなり一瞬で平らげてしまうと、左頬だけ僅かに膨らませて外の景色を眺める。


「すいません、抹茶シェイクホイップクリームチョコチップ乗せを一つ」


 そして殲滅する勢いで更にカロリー爆弾を投下すると、そのまま躊躇することなく3分の1まで一気に啜り上げるのだった。


「……冷たい」

「だろうな」

「でも疲れた時は甘いものだから、甘いものさえあれば全て解決する」

「あんまり食べすぎると太るぞ」

「3000キロカロリー分は運動したから問題ない」


 腐っても長谷高生たるものがそんな破茶滅茶などんぶり勘定をするのはどうかと思ったが、彼女も本気で言っている訳ではないだろう。


「あと太るとか言うのはデリカシーないから」

「……すまん」


 正直俺なら大人しく家に帰って格ゲーとかMMORPG、FPSにでも興じてストレスを発散させるだろう、まあ逆にストレスが増加することもあるが。

 しかし彼女は家に帰らず今日も今日とて古民家カフェに来たのであれば、この場で機嫌を収めるつもりなのかもしれない。

 だがご機嫌斜めの女子高生と会話をした記憶がない俺には、どう答えてあげるのが正解なのか今ひとつ分からない、どうしたものか。


「頭がキーンってする」

「そういう時は手で口を覆ってはーって息を吹きかけると治るぞ」

「? はー……――ほんとだ」

「こういう無駄な知識だけはあるもんでな」

「そっか、急に強い冷たさを感じるから温めれば済む話なんだ」


 苛立ちよりも感心が上回ったのか、眉間に寄っていた皺が緩む、これならと思った俺は言葉を選びつつも口を開いた。


「まあ、あれだな、一人でないといけないのは面倒な話だが――フォローする側でないといけないのもこれまた面倒な話ではあるよな」

「そう! そういうことなの!」

「お、おう……」


 もし間違っていたらただの赤っ恥なので、少し曖昧な言い方をしたつもりだったのだが、脊髄反射的な速度で反応した藍葉は身を乗り出して声を大きくする。

 となれば、やはり今日の体育の話ということになるのか、まあ表向きはいつも通りな態度であったが、中々鬱憤は溜まっていたらしい。


「私だってスパイクが打ちたいとか、そういうことを言ってるんじゃないの、別にバレーが好きとかオフェンスが好きとかではないし」

「しかし腕前は人並み以上だったな」

「中学校の頃に一年間だけやってたから、あれくらいは普通」


 普通な割にはバレー部を圧倒していたのだから、確実に上手い部類に入る気がするが、今踏み込む話ではないので黙っておいた。


「私が言いたいのは何で倫が毎回スパイクを打つのかって話、確かに倫は上手いよ? でもあれは部活でも大会じゃないじゃん、ただの授業だよ」

「自分ばかりが目立っても意味のある状況ではないな」

「失敗しても負けてもいいから、皆が公平にやればいいのに、勿論嫌ならやることはないけど、絶対やりたい子だっていた筈だから」

「何なら結果的に教師に消極的だと思われた生徒もいたかもしれない」

「そういうこと! なのに私に要求ばっかりしてきて――」


 トリガーを引いたのは間違いなく俺だが、火のついた藍葉はまるで暴走列車の如く畳み掛けるように喋りだす。

 怒りの感情を明確に示す彼女に、俺は少し面喰らってしまった。


「私と倫だけでやってるなら分かるけど、そうじゃないから――」

「…………」


 しかし、彼女の言い分は理解できないこともない。

 実際バスケをしていた男子も大概そんな感じだった。経験者は自分が目立つようなプレイを繰り返し、経験の浅い者をいないものとして扱う。

 中には一歩下がってチームに気を配るのかと思いきや3ポイントシュートに終始する奴もいた、それの何が悪いのかと言われれば別にイキってるなと思うだけだが、藍葉美遊が腹を立てているのはそういう部分である。


「――ただまあ、人を気遣うのは中々簡単な話じゃないからな、皆自分が一番可愛い生き物だ、俺もそういう側面はある」

「でも倫は昔からあんな感じだから、美味しい所は全部自分で持っていこうとするし、いいように使われたことが何回あったか」

「そうなると、我慢しないといけない方は損ばかりだな」

「だからって見返りが欲しい訳じゃないんだけどね」

「要はたまにはご褒美がないとしんどいってことだろ」

「そう。だからこのスイーツは正当化されるの、自腹だけど」


 そう言って藍葉は抹茶シェイクを一気飲みするとはーっと両手に息を吐く。


 ……成程、藍葉が以前言っていた言葉の意味が少し分かった気がする。

 どうやら『シラアイ』コンビというのは単純なにこいちで構成されている訳ではないらしい。無論本当に仲が悪いなら最初から一緒になどいないだろうが、彼女が負担を持つことで保っている一面もあると見える。


「でも俺としては、藍葉さんの行いはきっと誰かが見てくれてると思うけどな」

「……そう? こんなこと言っておいてなんだけど、結構そういう部分ってあんまり見せないようにしてるんだけど」

「何でなんだ?」

「だってみっともないし」

「? ああ、そういうことか……」


 俺はあくまでそういう気遣いが出来る部分を、誰かが見ているという意味で言ったのだが、どうやら彼女的には白井倫のお膳立てをしている部分、その一点のみを切り取ってみっともなく感じているようだった。

 流石にそんな見られ方はされない気がするが……ただ誰も不快には思わないその性格を、当の本人はあまり自覚していないらしい。


 まあしかし、俺も彼女のそういう性格のお陰で勉強を教えて貰えるのかもしれない――ならここは、受講料と考えれば破格の値段だろう。


「今日は俺が奢るよ」

「え、何で? そんなのいいよ、同盟に奢るルールなんてないし」

「何だ知らないのか、食べ物っていうのは誰かに奢って貰った方が美味しさが倍増するんだよ、それに今日の藍葉はそれくらいの権利はある」

「いや、でも……紫垣くんお金ないんじゃ」

「そう言いたい所だが、丁度給料日を迎えたばかりでな」


 まあ正確には給料日という名のお小遣いお恵みだが、無駄な散財するくらいならこういう事でお金を使った方が気分はいい。

 故に俺は彼女を変に考えさせてしまう前に、注文票をひったくった。


「あ」

「気を使うならまた奢ってくれればいい、今日の所はお嬢様気分でいてくれ」

「そこまで言うならいいけど……でも、値段が――」




『合計で3940円になりまーす』




 給料の80%近くが消し飛んだが、俺は何一つ後悔などしなかった。

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