第5話 少し頑固な藍葉さん

『え! 美遊あのフルーツサンドのお店行ってきたの!』

「そう、ちょっと用事があったからさ、そのついでに」


 藍葉曰く、放課後ぼっち同盟に入るためには3つの条件があるらしい。

 一つは2ヶ月以上放課後一人で下校経験がること、もう一つは部活動を3ヶ月以内に辞めているもしくは一度もしていないこと、そして最後はこれまでの定期考査でビリから10番目以内にいたことが3回以上あるかどうかである。

 最後に関しては果たして条件に入れる意味があるのかと思うが、学生において重視される三大要素を全て失った経験は必須だかららしい。


『で、どうだった? 美味しかった?』

「美味しかったよ。やっぱり新鮮なフルーツは凄く甘いよね、でもクリームは意外にさっぱりしてて、あのボリュームでも全然クドくないっていうか」

『へー私も行ってみたいな』

「じゃあ今度皆で一緒に行こっか、倫も行く?」

「んー、時間があったら行くかなー」

『えーなにそれ倫ノリわるーい』


 ただあんなに日々が充実している藍葉が放課後ぼっち同盟などと言い出すのは、こんなことを言っちゃアレだがハメられている気分になりそうになる。

 何せ裏では『ミカヤン』と呼ばれている俺のことだ、どんな陰口を叩かれていても不思議ではない、まあどうでもいいとは思っているが。

 けれど彼女を信用できない、そう思えないのもまた事実。


「あ、私用事あるから今日は帰るね」


 そんなことを鞄に教科書を詰めながら考えていると、藍葉美遊からの『合図』が聞こえてくる、これは指定の場所にて待ち合わせ、という意味である。

 なので俺は鞄を背負うと彼女よりも先に教室を出た。


       ○


「えー……こっちか」


 基本的に通学路は主に3つのルートに分かれている、俺も普段はその内の一つを使って帰っているのだが、今日はそのどれにも当てはまらない、スマホの地図アプリを使わないと分からないような未知の道を突き進んでいく。

 そして5,6分程度歩いた末辿り着いたのは、ごく普通の民家だった。


「……ここで合ってるよな」


 メモしていた住所と照らし合わせるが間違いはない、まさか藍葉の家なのかとも思ったが、表札を見ると全くの別名だった。


「まあ少し待つか」


 俺はスマホのアプリゲームを開くとポチポチとデイリーミッションを消化する。しかしそれが終わった頃になっても一向に藍葉美遊が姿を現さない。


「…………」


 それでも適当にスマホを弄っていたのだが、予定時刻から15分を過ぎても現れる気配がないので、もしかしてそういうことなのかねと思い始めていると――十字路の角から息を切らした藍葉が慌てた様子で駆け寄ってきたのだった。


「紫垣くんごめん……これは全部私が悪い」

「? 急用だったなら別に仕方ないと思うが」

「いや違うの、実はこの辺、全部住所が同じだったから」

「…………あ」


 そう言われて待っていた家の隣家に視線を移すと、確かに全く同じ住所プレートが貼られていることに気づく。

 何ならその隣も反対側も、全てが同じ住所が書かれていた。

 その事実に自分がのうのうと待っていたことに申し訳なさを覚えてくる。


「いや、少し考えれば分かることに気が行かなかった俺が悪かった」

「待ってそれは違う。私がちゃんと場所まで言っておけばこんなことにはなってないから、だからどう考えても私が悪い」

「それはそうかもしれないけど、俺も遅いなとは思っていたんだ。それなら周囲を歩いて探すとか、そういうやり方もあったのにしなかった俺が悪い」

「住所は間違ってないんだから別に動く必要なんて無いと思うけど、ちゃんと所定の場所で待っていたなら紫垣くんは悪くない」

「それなら藍葉さんも故意じゃないんだし別に悪くないだろ、取り敢えずここはお互い様でいいんじゃないか」

「ううう……」


 前にも述べたが、学校での彼女は明るく飄々としているのに対して、プライベートの彼女はどちらかと言えば落ち着いている印象を抱いていた。

 それはどちらが本当の彼女なのか、俺には定かではなかったが、しかし今の彼女は明らかに感情を表に出していることだけは間違いない。

 その姿を見て俺の方はみるみる内に冷静になってしまう。


「……何がそんなに納得いかないんだ?」

「それは――紫垣くんに『一人でないといけない』時間を作ったから」

「え? ああ……そう捉えられなくもないけども」

「放課後ぼっち同盟にとってそういう行為は重罪だから」


 いや、知らんがな。

 とはいえ、つまり彼女は俺を不本意に一人にさせ、嫌な思いをさせてしまったことに責任を感じていると、そう言いたいのか。

 まあ……これが藍葉達による壮大なトラップだと言うのであれば不快ではあるし、そういうことならばと思う所があるのは事実ではある。

 しかし何時間も待たされた訳でなければ、単なる伝達ミスが招いた事故ですらないものを、一々ムカついている方がどうかしている。


「…………」


 だがそんなことを説明しても彼女は納得するようには見えない。まさか意外に頑固というか、融通が効かないとは思いもしなかったが。

 長谷高の頂点藍葉美遊も、制服を脱げばただの人なのか。

 今は制服を着ているけども。


 ……仕方ない、そこまで言うのであれば。


「因みにだが、今日は何処に行くつもりだったんだ?」

「? ……私がよく行ってる古民家カフェだけど」

「よし、なら罰として今日は奢って貰うとしよう」

「え? それは……別にいいけど」


「実はというと、俺は今非常に金欠なんだ。何なら罰として奢って貰えるならこれ程助かる話はないくらいには。貧乏暇なしとはよく言ったもんだが、ぼっちは暇だから使い込んで金もないということを覚えておくといい」


「なにそれ。まあでも――それで許してくれるなら、甘えちゃおっかな」


 見事な自虐披露ではあったが、そのお陰でようやく固い表情だった藍葉がふっと顔を崩して笑みを見せてくれる。

 どうやらくぐもった雰囲気から脱出することに成功はしたようだ。俺だって不必要に気まずいまま活動なんてしたくないからな、身を一つ切るだけでそれが解消されるなら格安とさえ言っていい。


「あ、そうだ」

「どうした?」

「今後こういう失態がないように、ID交換しておかない?」

「ああ、言われてみればそれが一番最善だな」

「はい、じゃあこれが私のコード」


 そう言って差し出されたQRコードを、俺は購入してから一度も使ったことのなかったスマホのカメラ機能を使って読み取る。

 すると間抜けた音と共に『みゆ』という名前のフレンドが追加される、俺はそこからトーク画面に入ると『テスト』と入力した。


「届いたか?」

「うん、届いた届いた、じゃあ私も」


 すると今度は『テスト』と書かれた文字の下にデフォルメされた白くまのようなキャラクターが『大丈夫であります!』と敬礼ポーズしたスタンプが返された。


「よし、ホント最初からこうしておけばよかったのに」


「…………」


「? 紫垣くん?」

「――あ、いや、その通りだな、でもこれでもう大丈夫だろ」

「そうだね。じゃあ少し遅くなっちゃったけど行こっか」

「さーて何を注文しようかな」

「う、女子高生だって貧乏であることは忘れないでよ……」


 こうしてちょっとしたトラブルはあったものの、無事藍葉考案の『放課後ぼっち同盟』が2人の間で静かに幕を開けたのだった。




 スタンプ、買っとくかな。

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