第4話 放課後ぼっち同盟

「ねえ、紫垣くん見て凄いよこれ」


 終点、と言っても家の最寄り駅からは7、8分程度の所要時間である為、実は然程遠い距離ではない。

 ただ市を跨いでいる為長谷高生は皆無に等しく、制服姿を見かけても恐らくこの市の高校に通っていると思われる生徒ばかり。


「…………」


 そんな場所で藍葉美遊に導かれるようにして歩いていた俺は、一体何処に連れて行かれるのかと思っていたのだが、辿り着いた先は何の趣きも情緒も無い、オープンしてまだ1年も経っていなさそうなフルーツサンド店だった。


「みかんとマスカットでお花になってて、こっちはウサギかな、これぞまさに萌え断だよね、それに美味しそう」

「まあ……美味しそうではあるな」

「あ、ここイートインスペースあるって、じゃあ入ろっか、すいませーん」

「え、いやちょっと待――」


 勝手に話を進めようとする藍葉を止めようとしたのだが、彼女はそのままずんずんと入っていくので、仕方なく俺は彼女のあとに続く。

 主に若者が犇めく小さな店内の一番奥の席を案内されると、彼女は店頭にあった花模様のサンドを注文したので、俺は金銭面と真剣な相談をした結果一番安い苺サンドを注文することにした。


「今年の1月くらいに出来たお店なんだけど、大阪まで出ないとこういうお店って無いからこの辺だと結構人気なんだって」

「ふうん」

「紫垣くんはフルーツサンド食べたことある?」

「いや……多分ない」

「私はコンビニのフルーツサンドなら食べたことあるんだけど、あんまり美味しくなかったんだよね。何ていうの、フルーツが安っぽいというか」

「ああ、それは分かるな」


 コンビニスイーツも進化しているとはよく聞くが、果物が乗ったタイプは大体新鮮味のない、半分腐っているような味がする。

 大量生産という側面があるので仕方がないが、正直俺も好みではない。


『お待たせしました』

「わぁ」


 そんな取り留めもない話をしていると注文していたフルーツサンドが到着し、藍葉と俺の前に置かれる。

 それを見るなり藍葉は少し嬉しそうな声を上げると、「いただきます」と丁寧に手を合わせ、そのままパクりとかぶり付いたのだった。


「うん美味しい。やっぱりいいお店はフルーツが新鮮だよね」

「…………」

「? 紫垣くん食べないの?」

「あ、いや……写真とか撮ったりしないんだなと思って」

「え? 別に撮ったって何の意味もなくない? それで味が変わる話でもないし、重要なのは美味しいかどうかだけだと思うけど」


 てっきり女子高生ならSNSに投稿してお腹と一緒に承認欲求を満たす所までがセットだと思っていたが、どうやら彼女はそうではないらしい。

 女子高生でありながら女子高生ではない、そんな彼女の何気ない振る舞いが、俺の中での藍葉美遊という存在をまた少し変えた気がする。

 そう思いながら、俺も苺サンドに齧りついた。


「苺の甘みが強いけど、クリームがあっさりしてるからしつこくない」

「お、その食レポいいね、その後に『何個でもいける』があったら満点だった」

「なんだそれ、そんなこと言って実際は2個が限界だろ」

「だよね、結局最初の1個が一番美味しくて後は惰性だから」


 そんなこと言い合って、下らない話なのに何故か笑ってしまう。

 人と話をして笑ったのはいつぶりかは分からないが、二人共食べ終わるまでの間、そんな『意外にそうでもない』トークを延々と繰り広げていた。


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした――やっぱり疲れた時は甘いものだね、紫垣くんもちょっとは元気が出てくれたみたいだし」

「え」


 気を抜いた所を狙いすましたかのような台詞に、俺は抜けた声を上げてしまう。


「何か紫垣くんって何かいつもしんどそうな顔してるけど、最近は特別目の奥が笑ってないというか、死んでるっていうのかな」

「だから俺に声をかけたのか?」

「いや、あれは本当にたまたま。というより今日だって偶然だったけど、『後輩くん』の話がしたいなと思ったから」


 自分の自意識過剰具合に若干恥をかきそうになったが、藍葉は相変わらず何も気にして無さそうな表情で椅子の背もたれにぐっと腰を預けた。


「なら別に俺じゃなくても、漫画の話ならお友達にでもすればいいだろう」

「言ったじゃん、周りの皆は興味ないから読んでないんだって」

「ならネットのコメントを見たりとか」

「駄目じゃないけど、分かる人と直接話をした方が絶対楽しいから」


 いや俺は最新巻しか読んでないんだが、と言いかけて口を噤む、今更訂正不可能なので、このことは墓場まで持っていくしかないのだ。

 だから代わりに俺はこう口を開いた。


「生憎、そういうことが普通だという感覚がなくてな」

「うん、私もその気持ちは少し分かるから、そうなるのは分かるよ」

「いや……分かる訳がないだろ」

「分かるよ」


 どう足掻いても俺と藍葉美遊は種族からして違うのだ、異文化の常識が理解出来ないのと同じくらい俺のことなど理解不能だと思ったのだが。

 彼女は僅かに口角を上げるとこう言うのだった。


「一人でいたいのと、のとでは意味が違うから」


「…………」


 その言葉は一人でいる時間が長い人間でないと決して言えない言葉だ。

 つまり、彼女は決して嘘を言ってる訳ではない。


「だから、俺が落ちこぼれであると分かったのか」

「それもあるけど、そこは最初に言った通り私が元落ちこぼれだからかな、落ちこぼれ特有の雰囲気とか仕草とかそういうのってあるから」

「そんなものが……なら藍葉さんも俺と同じ時期が」

「いや、私は別に落ちこぼれでもお一人様ではなかったけど」

「だったら」


 そう言いかけて、はたとここ数ヶ月間の彼女の振る舞いを思い出す、それは同時に今の彼女というものを全て物語っていた。


「藍葉さん、彼氏いるんじゃなかったのか」

「……は? 何で急にそんな話になるの?」

「あ、いや、なんつうか……そういう話を小耳に挟んだから」

「ふうん? いつの間にかそんなことになってたんだ。まあでも、言った所で根拠なんて示せないけど、彼氏いないよ私」


 さり気なく長谷高の男子生徒が狂喜乱舞しそうな発言を聞いた気がするが、彼女はまるでそんなことどうでもいいとでも言わんばかりにこう続けた。


「まあ何にせよ、私は今お一人様だから。だから気持ちは分かるって話」

「……悪いが藍葉さんがそうだとは口が裂けても言えないな」

「そう見えるのが普通だと思うよ。でも一つだけ紫垣くんに言えることがあるとしたら、ってそんな単純なものじゃないってことかな」

「?」


 それが何を意味するのか今の俺にはピンと来なかったが、少なくとも『白井倫に彼氏が出来たから』、それだけの意味ではないのは分かる。

 ただそれを深く聞く求められていることではない気がしたので、俺はそれ以上何も言わずにいると、彼女は急にぽんと目の前で手を叩く。


「だから私は考えたんだけど、一人でないといけない時間って多分この世で一番得をすることない時間だと思うんだよね」

「それは……そうかもしれんが」


「そこで紫垣くんと私で『放課後ぼっち同盟』を作ろうかと思って」


「なるほど…………なんだって?」

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